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愛してるから罪と呼ばない
第1章 逃避行

香凜の自惚れでさえなければ、この感覚だ。
特定の人に執着して、特定の人に執着される充足感。この甘美な中毒性の息苦しさが、恋の放つドラッグだ。
つい先日まで左手薬指にきららいていたリングの贈り主も、美衣子に負けず劣らず甘かった。ロマンチストだった。同じほど香凜を離れ難くさせる。だが、違う。香凜の内側の同じ場所が同じように満たされていても、一方は空虚だった。一方はさしずめ香凜の一部同然、万が一にも消えれば深い悲しみに暮れる。
世間は香凜達を不実の恋だと貶めよう。それでも世間が祝福していたこの間までを振り返るとする、香凜は今ほど満たされていたことがない。
「美衣子さんは、同じような境遇の方がお好みではないんですか」
「いいえ」
テーブルの光沢を撫でていた美衣子の繊手が、やおら香凜を引き寄せた。絹のような指先が、香凜の指と指の間に差し込む。
「今の私の本命は、片岡家の次期当主と恋していた人。やんごとなきお姫様。だけど、香凜さんのご自宅は、こういう実用的なものを上手に使っていらっしゃったわ。私はうわべだけできらびやかなものを好むより、ものの本質を聡明に見極められる人に尊敬出来る」
これが幸福と呼べるものなら、肯ける。
テーブル台のニスに映った美衣子の微笑みを惜しみながら、香凜は従業員に声をかけた。
「お決まりでしょうか」
「このテーブル、色はこれだけですか」
「同じ型のものですと、ナチュラルと焦げ茶もございます」
美衣子が淡い色を好むのに対して、対して、香凜は実家がくっきりとした配色だ。間をとって、結局、最初に見ていた中間色に決めた。

