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愛してるから罪と呼ばない
第1章 逃避行

* * * * * * *
自虐に等しい被虐に憧憬していた時分、香凜は香凜を忌まわしがった。
男の肉体。それに抱かれる香凜(おんな)の肉体。
女ならざるものでありたかったわけでなきにせよ、受動的な肉体の窪みを勃った性具が貫くだけ、その傲慢を憎むと同時に香凜は香凜を憎んだ。
支配は肉体にとどまらない。生殖器に拘わらず、女は肉体における攻撃性に乏しいから、長い歴史を遡っても、男の庇護下で彼らに傅くばかりだったのだ。知慮が深くても、男に張り合うような器量があっても、彼女らには世間の概念、女という戒めがつきまとう。
汚して罰を与えてあげなくちゃ、ダメかな。
香凜が被虐に興味を持ったのは、罰を与えられたかったから?
菜穂に、美衣子。
彼女らは示し合わせてでもいたように、香凜に言った。
「最初はそうだった。滅茶苦茶にされてみたかった。自業自得なのは分かってても、せいくん以外の誰かに汚して欲しかったんだ。誰でも良かったわけじゃないけど、少なくとも、菜穂がいてくれたから私は私でいられたの」
「香凜……」
「友達や家族も分かってくれない。私の自覚した男嫌いなんて、分かってくれることの出来る人はいない。そうじゃないの。分かろうとしてくれなくても良いから、私の気持ちを否定しないで欲しかった」
「分かるよ、香凜。……母親見てても、女と男って、そういうものじゃないかって、思っていたから」
相容れない二つの性別。それでなくても永遠に変わらない絆などない。一つも噛み合わないところのない精神も。事実、香凜と美衣子も全てにおいて一致しているわけではない。
だからそこにあるものだけを愛する。うわべだけでも泡沫でも、構わない。
菜穂は、もう随分と昔から父親が腫瘍でしかなくなった母親の姿を見せられてきた。ただ一人の人間を配偶者に決めたが最後、誓いの保証が人間の取り決めた法であれ、世間がその威力を肯定する。母親は娘も蔑ろにしていたという。心の何処かが壊れた女。たまに思い出しては先日のような音信を寄越しながら、網にかかって数時間経った魚の目をしている。菜穂は、そんな母親を疑問視してきた。責任も持てないのに何故、憎む男との間に子を設けなどしたか。

