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愛してるから罪と呼ばない
第1章 逃避行





 笙子と会って数日のち、香凜は実家で夕餉をとった。誠二の残業が知らされていた夜のことだ。

 ぐつぐつと食欲をそそり立てられる音と色彩とを囲って、両親と弟がはかなしごとを交わす席は、香凜の居場所であって居場所がない。少し前まで当たり前にいたはずの場が、懐かしく、とてつもなく近く遠い。


「ねぇ、お母さん」

「なぁに。何か取って欲しいの?」

「ううん、あのね」

「香凜、もう腹が膨れたなんて言うなよ。お前が来ると聞いていたから、プリンも買ってあるんだぞ」

「とか言って、父ちゃん自分が食べたかっただけじゃないの」

「あーらー、裕司はいらないの、プリン。お父さん、この子の分半分こしましょうか」

「おっ。で、香凜、どうしたんだ」

「うん、あのね、……」


 ホームシックになって、帰ってきたいって、言ったらどうする?


 オブラートにくるんで誤魔化した。戯言を装った本心が、香凜の喉を蚊の鳴くほどの音声になって逃げ出した。


「…………」


 朗らかな味方達が顔を合わせて、笑い出す。


「ふ……ふふ」

「あはは、姉ちゃんのガラじゃねー」

「香凜、今帰ってきてるじゃないか」

「…………」





 いない。友人も、肉親も。味方など。

 笙子や母親に相談しても、彼女らは香凜を救わない。彼女らは彼女らにとって都合の悪い可能性を遠ざけて、笑い飛ばす。香凜が自業自得をはぐらかすのと同様、彼女らは彼女らの祝福したつがいの破綻を否定する。


 慈愛と理解は同時に得られるものではない。どれだけ信頼を寄せていても、その相手が必ずしも無条件の味方というわけではないのだ。



 夜が迫る。一日に一度、香凜をさしずめ所有物にした男が社会の拘束を逃れて劣情に倣う。





 香凜が淡姫リリカ(あわひめりりか)というアダルト女優の出演DVDを漁るようになったのは、それからまもなくのことだ。
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