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愛してるから罪と呼ばない
第2章 そのマカロンはまるで宝石
* * * * * * *
帰る手段をなくした私はLINEを開いた。事務所の上司に世話になると伝えた私に、母が返したのはただ一言。ご迷惑をかけないようにね、だった。
つばきさんの私室は、製菓レシピや参考書がひしと並んでいるイメージがあった。実際は、ローテーブルに新作案が三枚ほど散らばっていた他に、彼女の職種を連想する材料は見当たらなかった。書棚はあっても、占めているのは雑貨や写真だ。
「お待たせ」
「お帰りなさい」
私を包んでいた香りが濃さを増す。
つばきさんの黒髪は、洗いたて特有の潤沢を帯びて、化粧を落とした頰は仄かに上気していた。心なしか白さを深めた素肌に染みたダマスクローズは、さっき私も使った浴室を思い出す。
よりによってつばきさんに素顔を晒すことを思うと、今しがたまでドライヤーを乾かす手つきも覚束なくなっていたのに、この美しい人と同じ香りをまとっている実感を得た途端、私は自分のしどけなさも気にならなくなった。元々飾り気ないパティシエは、無防備になっても変わらない。
私は雑念を惜しんででも、つばきさんを賞翫していたいのだ。
ドライヤーを手渡すと、私はスマートフォンをチェックしている姿勢をとった。
甘い匂いが鼻孔をくすぐる。部屋中を満たす、つばきさんと私の匂い。それは二人をとりこめていた。
「つばきさん、お部屋でも素敵ですね」
「有り難う。ブログのコメントでも、よく褒めていただくわ。特にこの寝台はフランスの老舗メーカーから取り寄せたもので、シーツも現地でコーディネイターをしている友人が見立ててくれて──…」
「あ、そうじゃなくて」
確かに部屋も見応えがある。ただし、私の意識は部屋の主でいっぱいだ。たとえつばきさんの説明が続いていたところで、そのしっとりとした音声に、洗練された身性に、きっと私は蕩けるだけだ。
「ただ、寝間着のセンスはないかも知れないわね。私」
「え?」
「星音ちゃんは、もっとレースとかリボンとか……そういう可愛い方が似合うはずだし」
「いいえ、お借りしただけで感謝してます。汚さないように、返しますから……」
「ふふ、眠るだけで、どうやって汚すの」