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愛してるから罪と呼ばない
第2章 そのマカロンはまるで宝石
* * * * * * *
「お姉ちゃん、ちょっと」
しゃがれた声が、巡回の当番をしていた私の足を止めた。
五時間程度眠った身体は、休日休んだほど軽らかだ。
夢のようなひとときだった。入れ込んでいるスイーツの作り手に、ただ世話になっただけなのに、私は、ともすれば恋人と一夜を共にでもしたように昂揚している。
実際は、カモミールが茶屑も冷えた頃、眠っただけだ。あれだけ恍惚をほのめかせながら、あくまで私は大勢いる客らの一人に過ぎない態度を貫いた。
ファッションモールは、今朝も燦然としている。澄んだ白い照明は、客の物欲を勾引する。ものを買っていざ自宅で梱包を解くと、実はさして特別でも何でもないありふれた生産物だったというのは、多分、この補正が外れるからだ。
「はい」
「この、ここへはどうやったら行けるのかしら」
今しがたの声の主は、若干折れ曲がった館内案内リーフレットを開いていた。
私はくすんだ爪の示す一点を覗いて、彼女の目当ての店への最短ルートを説明する。
「有り難う。ところでお姉ちゃん、とても綺麗ねぇ。若いって羨ましいわ。私達の若かった頃は、こんな綺麗な洋服はなかったのよ」
「有り難うございます」
「似合ってるわ。お化粧も、リボンも。好きなのねぇ。好きじゃないと、着れないものね」
展示物でも物色している微笑みが、無遠慮に私を現実へと引きずり戻す。
まるで無害の弱い女は愛想笑いを振る舞って、期待に添った口舌を返す。
そうですね、ピンクが好きなんです。お洒落している時が一番楽しいですね。…………
耳にタコの出来る世辞に、返し飽きた肯定文。
私は自己顕示欲の塊かも知れない。華やかな場面で華やかに取り繕いながら、相応の中身など全くない。欲しいものは、可愛いものが好きな自分といううわべ。この表層なくしては、誰にも相手にされなくなるかも知れない強迫観念が、のべつ私を縛りつけている。同時に押し寄せるのは倦怠。