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愛してるから罪と呼ばない
第2章 そのマカロンはまるで宝石
閉店後のパティスリーに、今夜も私は居座っていた。
厨房から、片付けやら清掃やらしている音が漏れている。客席は、レジを締めているつばきさんとマカロンをつまんでいる私の二人が向かい合っているだけだ。
定時にファッションビルの事務所を上がって、それから直行で店に来た。テーブルに運ばれてきたものをカメラアプリに収めると、スマートフォンをいじったりして時間を過ごしている内に、こんな時間になったのだ。
パティスリーHamadaは内装もつばきさんのこだわりが凝縮している。つばきさんがきびきびと切り盛りしている姿も見ごたえがある。夕方から夜にかけての、側からすれば暇人同然の時間の浪費は、私にとっては有意義だ。
「今度教えようか。体験入店はともかく、星音ちゃんとスイーツ作ってみたい」
「つばきさんを眺めているだけになりそう」
「その代わり星音ちゃんも、私に何か教えてくれる?」
「うーん」
「エロティックな発声法とか」
「…──っ」
つばきさんは、紙幣を数え終えていた。
一日中厨房にいるとは思えない、たわやかな繊手が包み込んだのは、私の右手だ。
私は左手につまんでいたマカロンにみっともない歯型を残したまま、目を見開く。
ライラックのカットソー、その襟ぐりに刺繍されたアラベスクが蛍光灯を浴びていた。贋物の銀糸の芸術も、身にまとっている本人の放つ炫耀には敵わない。
私はマカロンを小皿に戻す。
視線の先は、つばきさん。
神経は右手に集中していた。
「つばきさんのマカロンの魅力には及ばないし、つばきさんは今のままが一番素敵」
「もしかして、星音ちゃんも、家ではマカロン食べながら……一人でしてるの?」
「して、……ません!!」
嘘ではない。
二度を除いて、私はつばきさんのマカロンを咀嚼して、嚥下して、自分の身体をいじったりなどしていない。
ふふ、良い子。
つばきさんの唇が頰に触れた。
僅かな罪悪感が脳裏を掠めた。
優川さんのコスメショップで新しく買ったチークパウダーは、カラー名をストロベリーミルクという。
仄かなスイーツの色を浮かべた私の頰は、今日も、優秀なパティシエの味覚を満足させたろうか。