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愛してるから罪と呼ばない
第1章 逃避行
「お待たせ」
「畏れ入ります、お義母様」
「美衣子で良いのよ。私、自分の息子や娘とはお友達のような距離でいたいの」
高級なティーカップをソーサーごと持ち上げて、美衣子は優雅に息を吹きかける。その口振りは、香凜と同じく誠二をせいくんと呼ぶ無邪気な少女のにこやかさがあった。
美衣子は誠二の幼少時代の話題を好む。それから彼女自身の娘時分のこと、多くの趣味や、持て余した暇をしのぐために観賞した絵画の評論だ。
姑の雑談は、香凜を少なかれ博学にした。そして香凜の片岡家にまつわる知悉を補って、昔からここに住んでいた家族のように錯覚させた。
「時に、香凜さん」
「はい」
「さっきから気になっていたの、可愛いネイル。昨日までは違ったわよね?」
心臓が飛び上がる思いがした。じん、と、指先から腕にかけて、微かな電流が上っていった。
美衣子が香凜の片手をとっていた。パステルピンクとクリーム、赤が多くを占める指先に、知的な視線が注がれる。
「ネイル全体をケーキの断面にしているのね、それに苺やサクランボが描いてある。どちらのサロン?」
「これは、自分で」
「すごい!……ああ、残念だわ」
幻のように美しい手が、離れていった。
数分前までカップの熱に癒えていたはずの香凜の左手が、急激な心細さに冷えていく。
「ね?」
美衣子が頰の側まで上げて見せた繊手は、深爪だった。
「多趣味だと邪魔になるのよ。もしも伸ばしていたら、香凜さんにネイルアートをお願い出来るのに」…………