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愛してるから罪と呼ばない
第2章 そのマカロンはまるで宝石
「いつもご来店有り難うございます。メニューがお決まりになりましたら、スタッフにお声かけ下さい」
「有り難う。ごめんなさいね、お邪魔しちゃって」
「えっ」
「旦那様いらしてるんでしょう。いつもブログ見ています」
「ああ、畏れ入ります」
「もうすぐご結婚記念日ですよね。その日だったら会えないのか……今日来て良かったです。今年も素敵なブログが楽しみです」
「私達のことはお気になさらず、そちらのご主人を無下にしないで下さいね!」
他意ない女性達は、手放しの善意を私に向ける。私は笑顔を重ねながら、言いようのない鬱屈としたものが溜まっていくのを自覚して、溜め息を抑える。
結婚記念日という言葉を耳にしたい気分ではなかった。来客が星音ちゃんでなかったのにも安堵している。
カレンダー上の浮かれたしるしについて説明した時、星音ちゃんから感情が消えた。人間を操る複雑な機能が仮に可視的なものであれば、ふっと蝋燭の火を噴き消したのと同様に、明確に消えたのが分かったろう。実際は、肌で感じられるほど灼然たるものではなかった。静かで、気のせいで片づけられるほど一瞬だった。
私は女性達のオーダーをとって、奥へ戻った。紅茶とハーブティーを準備している傍らで、川原さんがケーキとマカロンを取り分け出す。
ブログは私的な範疇でも、公に影響している趣味でもある。今後のパティスリーを慮れば、今年の結婚記念日も、閲覧者らを満足させるに越したことはない。店に出す新作を考える次には熱心に、そろそろ彼に贈るスイーツなり記念日特製の献立なりをまとめていきたいところなのに、業務の片手間では案が出ない。否、今考え出したばかりではない。通勤時間やプライベートタイムも頭を動かしてみているものの、私の思考は、どうにも星音ちゃんの機嫌に重きを置きたがる。