この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
愛してるから罪と呼ばない
第2章 そのマカロンはまるで宝石
「有宮香織、また不倫騒動ですって!」
興奮じみた声の出どころは、さっきの女性客らのいるテーブル席だ。
「彼女、最近出ていないじゃない」
「売れていた頃は、映画多かったのにね。上手いって女優じゃないし、歳がキツイのかな」
「もう十分でしょ。いくらほど儲けたんだろ。相手の男、IT事務の社員だって。一般人?!金目当てっぽい」
下世話な話題で盛り上がっているのがお客様でなければ、私はきっと耳を塞いでいた。
それが濱田つばきという人物だ。だのに耳にしてしまったが最後、条件反射的に相容れない感情が生じる。私の中の煮えきらない何かが叫びたがる。
他人にいだく興味の種類は、文字通りの関心か、好意で十分ではないか。他人の年齢や経済状況を評論したところで自分の人生に何か差し響くわけではない。友人なり姉妹なりの相手から話して聞かせてくれる恋愛話であれば喜んで聞いても、面識もない赤の他人の事情を好奇心や攻撃の対象にしたところで、何になるのか。
不実は道徳に反する。不誠実や不真実を略した語呂に見える。不倫はどうだろう。不倫理。倫理は個人によって異なる。私の倫理に反しないことであれば、或いは不倫理にすらならないのではないか。星音ちゃんは、パートナーと私の間柄を知っている。パートナーは私に特別な相手の有無を知りたがらず、必然的に、私は彼に星音ちゃんの話をする機会を持たない。そして彼にかける情熱も減少しない。それはもはや不実と呼べない。不倫とも。
彼女らが話題にしている女優とやらも、複数の愛が世間の目に晒されて、初めて不倫という枠組みに当てられた可能性がなきにしもあらずだ。彼女にとっては誠実で、倫理に反していなかったのなら。彼女を避難出来るのは、ただ一人、精神的被害を被った配偶者だけだ。他の人間に彼女を攻撃する謂れはない。まして大昔の人間は、重婚や近親愛は当たり前だった。自ら善人を気取りたい欲望にも負かされない道徳下で、書類や指輪に覊束されないで、本能のままに他人を愛して愛されていたのではなかったか。