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サイレントエモーショナルサマー
第8章 燃ゆる

灰を落とそうとリズムを刻んでいた指が止まる。はっと目を見開いてチカの方へ向き直った。真一文字に口を結んで私を見ている。

「志保。志保が思ってるより愛することも愛されることも恐いことじゃないよ。私は人は愛がなきゃ生きていけないと思ってる。志保が私の作った料理を美味しいと思うのだって私があんたのこと一人の人間として愛して作ってるからだよ」

目を、逸らすことは許されていないみたいだった。目の前のチカの顔に私を支えてくれた頃の表情と、あんたは悪くない、ちょっと下手くそだっただけだよ、と言ってくれた時の表情が交互にだぶって見える。

「恐いよ。あんな思いはもう二度としたくない」
「私だってしんどくてバカな恋愛したけどさ、でも、やっぱり寄り添える人がいるっていいことだと思うよ」
「私にはチカがいるもの」
「ねえ、言ったよね?私にはあんたを支えきれないって。一時なら志保の孤独を埋められるかもしれない。だけど、本質的にはどうにもできないんだよ」

フィルターまで燃え切った煙草がじりっと指を熱する。慌てて灰皿に押し込んでコーヒーのカップへ手を伸ばす。

私が押し黙るとチカは深く溜息を吐いた。言葉が上手く出てこない。ふざけたことを言えば今度こそ殴られることだけはよく分かる。

長い沈黙を割いたのはチカのスマホの着信音だった。私に断りを入れて電話に応じたチカを見ながら新しい煙草を取り出す。

「…ごめん、なんか仕事でトラぶってるみたいだから行かなきゃ。また連絡する」
「うん。いってらっしゃい」
「あんたちゃんとしなさいよ!目背けてばっかいたら絶交だからね!」
「き、肝に銘じます」

銘じとけ!と強めに言ってばたばたと喫茶店を出ていくチカの後姿を見送る。夜は鉄板焼きを食べに行こうと話していたのに予定が空いてしまった。

考えなければいけない。チカに言いそびれてしまったけれど、私はこのまま藤くんとセックスを続けていたら彼を愛するよりも前に彼から離れられなくなる予感がしている。それが、恐い。離れられなくなった時に彼に手を離されたら私はどうなってしまうのだろう。
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