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サイレントエモーショナルサマー
第9章 その薔薇の色は、
浩志は眉間に深い皺を刻んで重たい足音を轟かせながらこちらまで来ると藤くんの首ねっこを掴んで軽々と椅子から放り出す。
「都筑に触るな」
「……いつものスキンシップ、ですよ」
「お前のデスク向こうだろ。早く行け」
打った腰をさすって自分のデスクの方へ去っていく藤くんの顔にはまだにやりとした笑みが乗ったままだった。
ちっ、と忌々しげに舌を打って椅子を元に戻した浩志は乱暴な手つきで鞄から煙草の箱を取り出すと私の手を掴んだ。
「…え?浩志?」
「ちょっと付き合え」
社員たちの喫煙所になっている非常階段まで私を連れ出して、苛々と煙草に火を点ける。お前も吸えとばかりに一本渡され、倣うように口に咥え火を借りた。
「……会社では吸わないんじゃなかったっけ」
「別もうどうでもいい」
「ふうん…?」
「あいつにあんま気許すなよつけあがるぞ」
気は許していなくとも身体は許してしまっているが、余計なことは言わないことにした。不機嫌な浩志と朝の一服を終えてデスクへ戻る。煙草を吸ったら気持ちが落ち着いたのかぴりぴりとした空気感は幾らか和らぎ貸してくれた本の感想を求めてくる。
「面白くて一気に読んだよ。佐原巡査部長死んじゃったとこはショックだった」
「ああ、あそこな。あと、小田のとこも、うおってなった」
「そう!小田!小田も死んじゃうとは思わなかったよ…。あ、今日持ってくるの忘れたから明日返すね」
おう、と微笑んだ顔はもういつもの顔だった。