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サイレントエモーショナルサマー
第11章 平穏か、あるいは、
呆れたような息を吐く浩志の様に首を傾げると突然がばりと後ろから抱き着かれた。ひ、と短い悲鳴を上げるが社内でこんなことをしてくるやつはたった一人しかいない。
「藤、てめえ殺されてえのか」
「嫌だなぁ、中原さん。朝から過激ですね」
「……藤くんも結構過激だよ、一歩間違えばセクハラ」
へらりと笑って私から離れると腕を上げたまま降参のポーズ。掴みかかろうとする浩志の手からするりと逃れると軽快に去っていった。
「………あの野郎」
「やー、困ったもんだね」
口ではそう言いながら、ほんの一瞬だけでも私を包み込んだ藤くんの体温が心地よかった。彼にもっと抱き締めて欲しいと思ったのはどんな感情に由来する欲なのだろう。
藤くんとキスがしたい。彼もキスをしないと仕事に集中出来ないと馬鹿げたことを言っていたが、今日の私もそわそわして今一仕事に集中出来そうにない。藤くんがいけないのだ。中毒性がありますので用法容量お守りくださいくらいのジョークをかましてからキスをしてくれたらよかったのに。うん、やっぱり私ってバカだ。
昼休憩を挟み、なんとか仕事を進めた。途中、ちらちらと藤くんのデスクの方を見ると、その度に私の視線に気付くのかウインクを飛ばしてくる。なにをしても絵になるのが羨ましい。
倉庫にこもる時間になって席を立った。藤くんのデスクへと視線をやる。据え置きの内線電話でなにか話しているようだ。真面目に仕事をしているらしい姿を尻目に倉庫へと向かった。
こん、こここん。音でいうとそんなところだと思う。藤くんのノックだ。
『ノック必須!ドアの裏に人がいる可能性があります!』と乱暴に書かれた貼り紙の下をいつも藤くんは同じリズムで叩く。
「電話中か、残念、みたいな顔してましたよ」
「……してないと思うけど」
にっこり笑顔を見ると今日はなんだかほっとする。手にしていたバインダーを棚の上に置いてそっと藤くんのシャツに手を伸ばした。
「…志保さん?」
そのままぎゅうと抱き着く。部屋と同じお日様の匂いがする。
「どうしたんですか?嬉しいですけど」