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サイレントエモーショナルサマー
第12章 融解の兆し
◇◆
定時を15分ほど過ぎてから会社を出た。雨は未だ降り続け、弱まる気配すらもなかった。カウンター席しかないというバルの店先で傘の滴を軽く振り落としながら店内の様子を窺う。二人連れの女性客が一組いるだけで浩志の姿はなかった。
あとからもう一人来ることを店員に告げ、女性客とは反対側のカウンターの端についた。微かにオリーブオイルの香りがするのを感じながら煙草を咥える。向かっていると連絡があったからじきに来るだろう。
中々火を点ける気にはならなかった。ぼんやりとしているとちらちらと藤くんの顔が浮かんでは消えていく。変な感じだ。こうなる前にセックスがしたいと思うと隼人の顔を思い出すことがあったけれど、その時とはなにかが違う。
「……悪い、遅くなった」
「ううん、私もさっき来たとこ」
「先に飲んでてよかったのに。お前最初何にする?」
「んー今日はビールにしよっかな」
「…嫌な予感がすんだけど」
浩志が店に来たことに気付いたのは彼が隣に座って声をかけてきてからだった。ようやく煙草に火を点け、短く注文を済ませる浩志の声を聞く。
「あ、パーカーありがとね。畳んでデスクに置いといた」
「…ああ、」
カウンターに放り出してあった私の煙草の箱へと手を伸ばす。ライターを渡してやってから、ふう、と煙を吐き出した。
「なんか、見慣れねえ顔してんな」
「…そう?」
「いや、分からん」
「なんだそれ」
生ビールが到着。こつんと乾杯をして一気に煽った。久しぶり浸透する苦味は記憶の中のものよりも美味だ。
「最近、忙しそうだな。習い事でも始めたか?」
習うなら料理にしとけ、と笑ってビールと共に注文していたらしいオリーブに箸を伸ばす。そう言えば、この美味しさを教えてくれたのは浩志だった。横顔にちらりと視線をやりながら私もオリーブをつまんだ。
「私の料理ってそんなに酷い?」