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サイレントエモーショナルサマー
第15章 glicine
「藤くんってさ、」
「なんですか」

どうして、私に優しく触れるのだろう。どうして、こんなしょうもない私を好きだと言うのだろう。人の感情にここまで理由を求めたいと思ったのは初めてかもしれない。

何度も身体を重ねていれば自然と情が湧く。年単位でセックスをしながら未だに道具のような扱いを続けるのは隼人だけだ。今までは段々と相手の恋慕のようなものを感じると逃げてきていた。愛しているという言葉が恐くて、それを言われる前に関係を絶った。終わるものなど最初から必要ない。

だが、今は、

「あの…その、」

藤くんを前にすると言葉が下手くそになる。もどかしい。私を急かさず、言葉を待つようにゆったりと髪を撫でる手に、ずっとその優しさを持っていて欲しかった。

結局、特に何も言えぬまま響く足音に気付いて藤くんは私から距離を取った。そうだ、会社だった。しかも朝一番、始業前だ。項垂れる私に、今度聞きますよ、とそっと笑ってフロアへと戻っていった背中に触りたくなったのは何故だろう。

「………」
「都筑、」
「…………」
「おい、都筑!」
「は、はい!」
「お前、凄いよな。呼びかけ気づかねえ程無心で仕事して」
「…結構呼んだ?」
「5回は呼んだな」
「あはは…あら、こんなに進んでる。私の集中力凄いね」
「自分で言うなよ。飯、行くぞ」
「…へ?」
「飯だよ。昼飯。お前、夜大して食わないんだから昼くらいしっかり食えって」
「あ、ああ…そんな時間か。今日どこ行く?」

再三、私を呼んでいたらしい浩志の声で我に返る。13時を過ぎていた。確認修正作業をしていた書類の束が少なくなっているが、正確性に疑問が残る。

昼から戻ったらやり直しだな、と溜息交じりに財布を片手に立ち上がった。ふと藤くんの方を見ると彼は近くのデスクの女子社員を含む数名と連れ立って出ていこうとしている。

「あ、中原さんと都筑さんもランチですか?私たちもこれからフェリシテなんですけど一緒にどうですか?」

エレベーターの前で一緒になった。フェリシテはなんの店だったか。ああ、そうだ、クロワッサンのサンドイッチが評判の店だ。浩志の出方を窺おうと横顔を見る。なんとなく、今日はカツ丼がいい、と言うような気がした。
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