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サイレントエモーショナルサマー
第15章 glicine
墓参りさえいければ、夏休みなど必要ない。行きたい場所がある訳でもないし、長期休暇を取るとひとりぼっちの自分を持て余してしまう。そんなものを取るくらいならいつも通り仕事をして夜にはどこかの男とセックスをして朝までホテルで過ごしたい。家には着替えに帰るだけで充分だ。夏は、それでいい。

「そうだ、前に読んで面白かったやつ、映画になったろ。あれ、明後日観に行かないか」
「あ、あれだよね…ほら、謎の通り魔がなんとかってやつ。あのラストはぞくぞくしたよ。今週からだっけ?」
「それ。キャストも悪くなさそうだし」
「いいね、行こう。土曜に出かけるの久しぶりかも」

運ばれてきたカツ丼の蓋を開け、その蓋にご飯を半分ほど移して浩志の方へ滑らせる。ご飯が多くてお腹が破裂しそうだと言いながら毎回食べていたのだが、いつからかこうするのが当たり前になっていた。

気付けば1ヶ月。毎週末、藤くんの家で過ごしている。藤くんは家に来てくれ、一緒に寝たい、とは言うものの、どこそこに出かけたいとかということは未だ言わない。笑えるくらいにセックス以外のことはしていないのだ。

― いつか、言うのかな…

もごもごとカツ丼を咀嚼しながら考える。私の家に行きたい、と言う日が来るのだろうか。藤くんならいいかもしれない。

基本的に私はセックスをした人を自宅にはあげない。あの場所は、夏には戻りたくなくなるとはいえ、私がひとりで守ってきた城だ。いつか去ってしまう人が立ち入ることを許したくなかった。

「…今日、折角のカツ丼の味がよくわかんない」
「そうか?顔には美味いって書いてあんぞ」
「ならいっか」
「いいんじゃね?あ、米、ついてる。ちげーよ、反対」
「え、どこ?」

言われて口元を指で探った。中々見つからず眉根を寄せると浩志の指がそっと触れた。あまりに一瞬で感触は分からなかった。彼はそのまま指を自分の口元へと持っていく。
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