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サイレントエモーショナルサマー
第16章 falco pellegrino
◇◆

定時とほぼ同時に会社を出て、電車に飛び乗った。自宅の最寄り駅までは15分ほどだ。何度穿いても藤くんのボクサーパンツの感触は慣れない。首元までを覆ったシャツの暑さよりも股間の方が気になって仕方がなかった。

最寄駅からは5分程度徒歩で移動する。我ながら結構良い立地だと思う。家賃もそれなりに高くつくが、ゆったりとした間取りと浴室のラグジュアリー感を思うとまあ、妥当だろう。とは言え湯を張ることもなく、浴室乾燥機を有難がっているくらいだが。

明日の映画の前に、冒頭だけでも本を読みなおしておこうかと思いながらエレベーターの到着を待つ。乗り込んで5階のボタンを押してから『閉』を押そうとするとエントランスに人が入ってくるのが見え、反射的に『開』を押した。

「……俺の相手、忘れんなって言わなかったっけ?」
「開口一番それ?」

しくじった。さっさと閉めてしまえば良かったか。箱の中に入ってきた隼人はじろりと私を見下ろしている。

「夏は部屋隣なのに帰りたくないって言うから散々泊めてあげたじゃん。俺の寝相悪いっつーからベッド大きいのに買い換えたのに」
「ご両親に買ってもらったんでしょ」

ぼんぼんめ。いつまでもその加護があると思うなよ。ある日突然、居なくなってしまうかもしれないんだから。ざわつく気持ちを落ち着かせるようにそっとかぶりを振る。やはり、今夜は上手く眠れないかもしれない。

「帰んの?部屋、来てよ」
「いや…今日は、」

エレベーターを降りてから隼人の部屋の前で足を止める。確かに、私は尻軽だ。だけど、オイタはよせと言われた日にまで藤くん以外とするのはどうかと思ったりもする。

「じゃあ、しーちゃんの部屋に無理やり入る。ヤらせてくんないならあんたの言うこと聞く必要ないし」
「…わかった。荷物置いて着替えたら行くから」

ごめん、藤くん。今からオイタをします。心の中で謝罪をしつつ、適当に生きてきた自分を恥じた。
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