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サイレントエモーショナルサマー
第17章 ricordo
ぶつんと音を立てて通話が切断される。切りやがった。なんだかんだ例の彼とは上手くやっているようなので一安心だ。もう、キスはしたのかな。今度聞いてみよう。

一応、浩志に喫茶店の場所を連絡し、鞄から取り出した文庫本を開く。今の会社に入ってからの私の歓迎会で名前をきっかけに話した後同じ本を読んでいることでゆっくりと親しくなっていったことを思い出す。有名な作家の中でも初期の割とマイナーな作品。周囲にはこの本を読んだ事のある人も、面白いと言った人もいなかったのだった。

本の貸し借りをしていく内に、夜には二人で飲みに行くようになり、昼休憩は殆ど一緒に取るようになった。男性と距離を詰めることを避けていた私が気付けば親しくなった人、それが中原浩志だ。

浩志は藤くんとは違った意味で不思議な人だ。彼の考えていることは何故だか手に取るように分かることが多い。自分と物事の考え方が近いのだろう。もしかしたらちょっとした会話の中でそれを感じていたから自然と浩志とは親しくなったのかもしれない。

「なんだその顔」

はっと顔を上げるとアイスコーヒーのグラスを手にした浩志が立っていた。気づけば随分と思案に耽っていたらしい。久しぶりにつけた腕時計に目をやるとまだ待ち合わせの時間より1時間も前だ。

「早いね…びっくりした」
「お前こそ何時から居たんだよ」
「何時だったかな…9時?もうちょっと前かな?」
「11時って言ったのお前だろ。やっぱりお前、そろそろ夜眠れないんじゃないのか」
「ああ、うん、まあ…まだなんとかなってる、かな」

向かいの席に腰を下ろした浩志はアイスコーヒーを飲みながら煙草に火を点けた。視線が私の足元の鞄へと移る。物を詰め込んだ大きな鞄に。

「行くとこあんのか。なかったら今日、別に俺の家でも」
「ううん、今日は大丈夫。約束があるんだ」

夏の夜はひとりで上手く眠れないと言った私に、浩志はなにもしないから家に来るか、と言ってくれた。藤くんが入社してくるよりも前の話だ。言葉通り、浩志は私になにもしなかった。
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