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サイレントエモーショナルサマー
第17章 ricordo
言いながら立ち止まる。歩き続けていた藤くんの手が離れていったけれど、彼はすぐに距離を詰め直して私の手を取った。

「家、帰ったら話します」
「……うん」

もう少しだけ歩いて、パン屋に入った。空腹で死にそうだとバカみたいな量のパンを買って、大きな袋を片手に、また手を繋いで彼のアパートへと戻る。途中でコンビニに寄ってアイスコーヒーを買った。戻った部屋の中はむわんと蒸し暑かったけれど、やはりなんだか優しい匂いがする。

昨日買って来た惣菜は冷蔵庫に入れずに放置してしまった所為で食べられそうもなかった。ごめんなさい、と呟いてソファーで並んでパンを食べた。私はデニッシュ生地のメープルブレッドと、クロワッサンでもう満足だったが藤くんは気取ったカレーパンやらなにやらとにかくよく食べた。

「あいつね、大学で出会って一番仲良くしてたんですよ。俺、一浪なんであいつの方がひとつ年下で…あ、長岡恭平っていうんですけど、名前、憶えてます?」
「憶えてない…」
「そうですか。恭平とはよく遊び行ったり飲み行ったりお互いの家泊まったりしてて、下世話なこととかも話せる相手で…ま、なんていうかあいつも性欲強めだったんでそういう下ネタも結構激しくて、ですね」

一度、言葉を区切って最後のひとつとなったパンに手をつける。私はアイスコーヒーを飲みながら藤くんに寄り添って彼の言葉の続きを待った。

「俺らが2年の春だったかな…恭平に彼女が出来て。その子はいいとこの御嬢さんで性行為は結婚してからじゃないとダメです!って手繋ぐだけでも半年とかかかったんじゃないすかね。やっと手繋げたよーとかあいつが報告してきた日に俺は当時の彼女にこっぴどくフラれてた訳ですよ」
「こっぴどく?」
「それはもう、こっぴどく。あんたって顔だけね!とかって。ま、俺の話はちょっと置いといて、恭平は彼女のこと好きで大事にしてるのは感じてたんですけどなんせあいつ俺と同じくらい性欲強いし、彼女と出来ないのにどうしてんの?みたいな話になりまして…」

藤くんの話を聞いている内に、頭の中にかかっていた靄はみるみる晴れていく。ああ、そうだ、当時は彼のことを恭平くんと呼んでいて、恭平くんは一晩に何回もしたがる人だった。だが、貞淑な恋人が居たというのは初耳だ。彼は最終的に私を自分のものにしたがった。
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