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サイレントエモーショナルサマー
第18章 ferita
危ない危ない。逃げ切ったぜ、と安堵の息を吐き、倉庫内での作業を開始する。そろそろ作業が終わろうかという所で、こん、こここん、が聞こえてくる。

「…見てました?」

げそっとして入ってきた藤くんは閉じたドアに寄りかかって溜息と共に言う。見てたよ、と答えるかわりに口を開く。

「ご愁傷様。終電過ぎたら帰らせてくれるよ」
「タクシー代もらえますかね」
「私の時は出してもらったよ。男は知らん」

地獄の部長会(浩志命名)では通勤時間が長い者は早めに帰らせてもらえるが、トータル30分未満の者は終電があるかないかの時間でやっと解放される。藤くんの家だと会社から近い方なので彼が終電前に解放される可能性は低いだろう。

「志保さん、鍵渡すんでベッドで俺の帰りを待っててくれません?」

泣き出しそうな声で言いながら藤くんは当たり前のように後ろから私を抱き締める。後頭部に頬ずりをしてくるのが幼子のようで可愛い。

「君は夜中に泥酔して帰ってきます、私が君のベッドにいます、我慢できますか」
「自信はありません」

ないのかよ。私が嫌なら我慢できるんじゃなかったのか。まあ、私も藤くんに迫られれば翌日を案じながらもきっと嫌がりはしないだろう。

「今日、行くとこありますか?大丈夫ですか?」
「…きっと私の大事なお友達が泊めてくれる筈。あ、女性だよ」

まだチカに連絡を入れていなかったことに気付く。倉庫を出たらメッセージを送っておくことにしよう。そう考えていると頬ずりはもう満足したのか、今度は頬に口付けてくる。顔を向ければ、ちゅ、と唇同士が触れあう。

「昨日話したからですかね、今日はいつも以上に志保さんが愛おしいです」

慣れた様子で私の身体を反転させると、大きな手が私の頬を包み込む。じっと見つめ合って、どちらともなく唇を寄せ合った。

藤くんの口から初めて飛び出た言葉にこっそり首を傾げる。

「愛おしいってさ、こう、なんていうか…胸の奥がじわーっと熱くなってこの時間終わらなければいいのにって思う感じ?」
「そうですよ。まさか、どっか他のやつにそんなこと思ったんですか。辞めてください涙出るんで」
「…ばか」

バカだなぁ、君は。私が、そんな風に感じたのは君と過ごしている時だよ。人のことを鈍いなどと言う癖に藤くんだって鈍感じゃないか。もう少し、自信が持てたら伝えよう。そんな思いでキスをした。
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