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サイレントエモーショナルサマー
第18章 ferita
出来上がったサイクルの中で生きながら、三井さんはいつしか私を志保と呼ぶようになった。そっか、ちょっとだけ関係が進んだのか、と思って、くすぐったくて嬉しかった。

多分、照れくさかったのだと思う。私は彼のことをずっと三井さんと呼んでいた。三井さん、と呼びかけて、どうしたの、志保、と答えてくれる。あの頃はよく分からなかったけれど三井さんと過ごす時間は確かに愛おしい時間だったと今なら言える。

だが、段々と三井さんは私と一緒に居ても笑わなくなった。悲しそうな顔で私を見るのだ。

― 志保は僕に好きだって言ってくれないね
― 本当に僕と一緒に居て楽しい?
― 僕はいつまで経っても志保に片思いしてるみたいでつらいよ

会う度に言われ、言われれば、好きです、楽しいです、と返すけれど、三井さんの胸には届かなかった。既に手遅れだったのだ。

好きです、と伝えることが義務のようになって、私は益々その感情に自信が持てなくなった。本当に好きだと、この人は特別だと思っていたのが、自分自身の感情なのか分からなくなってしまった。

会えば落ち着くことの出来る人は次第に、会うと酷く疲れる存在になっていた。

ああ、またちゃんと好きだって言わなきゃ、楽しいですって伝えなきゃ、と思うようになり私も三井さんと会うと笑うことが出来なくなった。

― ごめん、志保。やっぱり僕はもう志保を見ているのがつらいよ

優しい笑顔はどこにもなかった。硬く拳を握りしめ、三井さんは静かに涙を流した。私は三井さんを傷つけたと思ったのと同時に、だから自信がないって言ったじゃない、と憤った。彼を傷つけてしまったことよりも、彼を責めて憤った自分が居ることの方がショックだった。

「……もし、都筑さんに今お付き合いしている人が居ないならもう一度チャンスを貰えないかって思って、晶さんに会わせてくれと頼みました。でも、今、その、」
「お付き合いといいますか、なんというか…、」
「それなら、都筑さん、もう一度僕と付き合ってくれませんか」

気まずさで彷徨わせていた視線がぴたりと止まる。見開いた目を三井さんに向けると彼はあの頃私の愚痴をたくさん聞いてくれた時のように優しく微笑んでいる。
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