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サイレントエモーショナルサマー
第20章 voce
「が、我慢ってなんで…」
「俺は志保さんを傷つけたり恐がらせたりしたくないんです。気付いてなかったんですか?志保さん夜になると不安な顔するんですよ。その癖、キスねだったりして俺のこと挑発するし。でも俺はあんな不安そうな顔する志保さんにほいほい手出せませんから」
「私、そんな顔してた…?」
「してました。理性ぶっ飛びそうになるくらいかわいいし、志保さんの髪から俺のシャンプーの匂いするのとかもすげー興奮するのにここで手出したら泣かせるかもしれないと思って俺は必死に耐えました」

頭に血が上っているのか藤くんの発言は過激になるばかりだ。人目も憚らず、夕刻のオフィス街でする会話とは到底思えない。

「私は、その、なんでしないのかなって思って、た」
「だから、それは、」
「私、大丈夫だよ。不安な顔してたのは無自覚だったけど…藤くんの家ならちゃんと眠れるし、寧ろそろそろ欲求不満で眠れなくなるくらいの勢いだし…」

最早やけくそだった。どうせ行き交う人々は私たちの会話になど興味ないだろう。藤くんの手に触れて言うと彼の頬が紅潮した。視線を合わせようとすると凄まじい勢いで逸らされる。

「………今すぐ家帰りたいです」
「…今日、飲み過ぎないでね」
「ウーロン茶しか飲みません」
「部長と村澤さんからはちゃんと逃げるんだよ」
「志保さんも去年みたいに隅の方で中原さんといちゃいちゃしないでくださいね」
「浩志といちゃいちゃしたことないってば」
「はー、そういうことまだ言います?去年、完全に2人の世界でしたからね。チューハイ飲みながらポテチ食べてにこにこしてたじゃないですか」

これ見よがしに溜息を吐いて藤くんが歩き出す。むっとしながらも追いかけてそっと彼の手を取った。驚き混じりにこちらを振り返るが私が、少しだけ、と言うとなにも言わず指を絡めてくる。パン屋につくまで手を繋いで歩いた。
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