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サイレントエモーショナルサマー
第21章 futuro
「俺は志保さん一筋ですよ。ね、」
「そういうんじゃないの」
「じゃあなんですか。そうやっていつまでもむくれてると、」
「むくれてると、なに?」

立ち止まって藤くんの顔を見上げる。なにも言わず微笑んで私を見つめる顔。いつもの藤くんの顔だ。あれ、この顔は社内で見る表情だっけ。それとも私だけが知っている表情だったか。

「んんっ…!」

唐突にキスで唇を塞がれた。驚きで手に持っていた荷物がどさりと地面に落ちる。まだ時刻は21時を少し過ぎた頃だ。駅前の大通りにはあらゆる人たちが行き交っている。ひゅう、と誰かが口笛を吹いたのが聞こえた。

「ちょっと、藤くん!」
「むくれてる志保さんがかわいいのが悪いんです」
「………」
「機嫌、直りました?」
「別に機嫌悪くない」
「むってしてるじゃないですか。いいですか、そういうときは抱え込まないでちゃんと言ってください。俺もエスパーじゃないんで言ってくれなきゃ困ります」

ああ、この人はこんな風に私から言葉を引き出してくれるのか。ね、と髪を撫でられると渦巻いていた思考が穏やかになっていく。そうだ、あの時、私は藤くんがナンパされていることに苛立ったのではなかった。あの時、私は、

「……あの人の目が、」
「目?」
「そう。私のこと見て、こんな女?みたいな顔したの。釣り合ってねーよ、みたいな。それが、なんか苛っとして…」

自分を低く見られたようで不愉快だったのだ。深く息を吐くと不思議と苛立ちは落ち着いていた。ごめんね、と藤くんの手に触れて落とした荷物を拾い上げる。再び改札に向かって歩き出そうとするが藤くんは眉間に皺を寄せてなにやら考えているような顔つきだ。

「……そっちですか」

ぽつんと落ちてきた声に首を傾げる。

「他にどっちがあるの?」
「いやいや。ないですね、ないです。とりあえず俺は策を講じます」

ふるふるとかぶりを振って歩き出す。藤くんの講じる策とやらが気になって問うが、秘密です、と曖昧に笑って教えてくれない。なにやら企んでいる顔なのは間違いないがなにを考えているのかはとんと見当がつかない。
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