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サイレントエモーショナルサマー
第23章 vacanza
コーヒーを淹れ終えて、2つのカップを片手にソファーへと戻る。

「熱いから気を付けてね」
「ありがとうございます」

リアルな黒猫の絵がはいっているマグカップは三日くらい前に藤くんが買って来たばかりだ。よく分からないが私に似ているから買ったらしい。

マグカップを両手で包み込んで、ふう、と息を吹きかけながらテレビへ視線を向ける。最近人気のタレントが三人で東海地方を旅しているようだ。

あれやこれやと話しながら人もまばらな駅前を歩き、一行は有名な神宮へと入っていく。

「あ、ここ。行ってみたかったんだよね。前にね友達と行こうって言ってたんだけど話が流れちゃって」

まだ、どこそこに行きたいと思うことのあった時代。ああ、そうだ、大学2年の夏休みにチカと次はそこに行こうねと話していたんだった。結局、両親が亡くなり話が流れたままだ。

私としてはなんとなしに言ったのだが、藤くんの顔を見れば珍しく目を大きく見開いて驚いている。確かに近場の外出ですら渋る私の発言に驚くのも頷ける。

「……昨日、寝る前に話があるって言ったの覚えてますか」
「あ、そうだ。なに?」

ローテーブルにカップを置いた藤くんはテレビの脇の棚の前まで行くとそこからクリアファイルを取り出して、私の隣へと戻ってくる。

「……実は、ですね」
「はい、なんでしょう」
「えっと…事前にお話しようと思っていたんですけども、」
「うん?」

藤くんが言いづらそうにしている。これまた珍しい。

「な、内緒で…旅行を企てまして…」
「え!」
「でもって…その行先が今、志保さんが行きたいと仰った地方で…」

おずおずとクリアファイルを私の方へ差し出す。中には宿の予約の控えらしき印刷物と、新幹線のチケットが入っていた。

「う、うそ…え?いつの間に?」
「あのー、ほら、志保さんお友達と飲みに行った日あったじゃないですか。その日です」
「だからあの時、予定いれたくない日聞いたの?」
「そうです。あ、で、その予定いれたくないって言ってた日の前日も避けたんで…」

これが巷で言うサプライズというやつか。ぱちぱちと何度も瞬きを繰り返しながら手元のクリアファイルと藤くんへ視線を往復させる。
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