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サイレントエモーショナルサマー
第23章 vacanza
◇◆
一晩経ってみると、状況が進展しているような気持ちだった。勿論、そんなものは気のせいである。
アパートに戻ってからテレビを見たり、夕飯を食べたりの合間に何度か話をしようとしたものの私は彼になにも話すことが出来なかった。
あのね、と小さく言って口を噤むたびに藤くんはそっと私の背中や髪を撫でた。私から言葉を引き出すことは容易い筈なのに彼はそうしなかった。
迷いながらも待っていてくれているのだろう。ありがとう、ごめんね。そう言って、私は結局藤くんの優しさに甘えている。
彼は私を甘やかしながらもある一点だけはどうにか実行に移そうとしている。現在、電車に乗ってショッピングモールへ移動しある程度の買い物を済ませ、コーヒーショップにて休憩中である。
大きなチョコチップのクッキーを食べながらにこにこと笑った藤くんの顔はなんだか不気味だ。
「……だから、嫌だよ」
「でも、試してみないと分かりませんよ」
「試さなくたって藤くんとが一番気持ち良いよ。多分ね」
「俺はね、ナンバーワンじゃなくてオンリーワンになりたいんです」
「………藤くんってさ、エスパーだよね」
藤くんから視線を逸らし、アイスコーヒーを啜った。まだ、私の中で彼がオンリーワンではないことは完璧に見抜かれている。
荒療治だ。荒療治が過ぎる。でも、チカ曰くポンコツの私にはその方があっているのかもしれないと思ったりもする。
「今はさ、必要なくない?藤くんのとこにいるからふわふわしてないし」
「でも、いつまでもは居てくれないでしょ。夏が終わってもずっと俺の部屋に居てくれるって言うなら荒療治しませんよ」
「じゃ、じゃあさ、夏が終わってからにしよう」
「夏が終わってからならいいなら、今だっていいでしょう」
「んん?ま、まあ、そうかもしれないけど…」
しまった。うっかり受け入れるようなことを言ってしまった。はっとして、今のなし!と言うと、もう遅いです、と返ってくる。
「きょ、今日は嫌だ…」
「分かりました。でも、休み中にどうにかしましょうね」
「あ、明日もやだ」
「じゃあ、旅行から帰ってきてからになりますよ。それとも旅先でします?」
「うっ…藤くんってさ、ちょっとどっかおかしいよね」
「おかしくさせてるのはあなたです」
ご尤も。彼におかしなことをさせようとしているのは私が弾け飛んだ尻軽女である所為だ。