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サイレントエモーショナルサマー
第23章 vacanza
コーヒーショップを出てからもう少しだけふらふらと買い物をして、藤くんとは駅前で別れた。預かった彼のアパートの鍵がなんだか凄く特別なもののように見えて、にやっとしてしまったことは多分藤くんには言わないだろう。

どこかで軽く食事をして帰ろうかと考えながら歩き、はたと足を止めた。しまった。自宅マンションに戻って、もう少し服や靴などをピックアップして置きたかったのだった。

だが、自宅は危険だ。隣には隼人が住んでいる。やつの生活パターンは読めないのでうっかり遭遇してしまうかもしれない。

どうしたものか。悩んでいると鞄の中でスマホが震えだした。チカかな、藤くんかな、そう思いながら取り出すと画面には想定外の人間の名前が表示されている。

「…なんで、今だよ」

中原浩志。昨日、電話出なかったくせに。もういいや無視しよう。スマホを鞄に戻そうとすると一度は途切れた鳴動が、すぐさま再び始まった。これは私が出るまでしつこくかけてくるパターンだ。

「………もしもし」
『俺だけど』

意を決して出ると不機嫌な声が言った。知ってるよ、名前出てたし。

「あ、あのさ、」
『お前、4月のボツになった企画資料のデータ持ってるだろ』

私が口を開こうとするとそれを遮るように浩志が言う。え、と返して記憶を辿る。

『今、会社なんだけど、あのデータがどこにもない』
「あー…休出好きだね…えっと、私のデスクのUSB探してくれていいよ」
『見つからねえから電話してんだろ。お前持って帰ってんじゃないのか』

ほう。ということは仕事に支障があるから電話を寄越した訳で、私の休み明けまでは私と話をしようというつもりはないということか。

だから昨日、私が休み中に時間を作るといったメッセージもシカトぶっこいてくれたということか。

私はすぐにでも浩志と話がしたい。友人でないなら浩志がどう思っているのかちゃんと彼の言葉で聞きたかった。それを聞いた時、自分がどう感じるのかも知りたかった。

『………お前、ちゃんと眠…………か』
「え?」
『いや、なんでもない。データ、心当たりねえのか』

うーん、と声をあげ必死に記憶を掘り起こす。仕事は家に持ち帰らない主義だ。デスクにないなら心当たりがない。

「あ、」

4月頃に愛用していた通勤用の鞄がふと頭に浮かんだ。もしかしたらあの中に入れっぱなしかもしれない。
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