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サイレントエモーショナルサマー
第25章 viaggio Ⅰ
もういいよ、と藤くんを抱き締める力を強くする。少し鼻を啜ってかぶりを振った藤くんは静かに続けようとする。私の背中に回ってくる腕がうんと細く、か弱く感じる。
「……写真撮られて、脅されて…俺は恥ずかしくて情けなくて誰にも言えなかった。男にしごかれても気持ち良くないし、でも反応するし…どんどんイクのが遅くなる訳ですよ…なのにあいつら飽きないし…ある日、ここから飛び込んだら死ねるかなって、そしたらもう明日は来ないかなって川を眺めてる時、俺はあなたに会いました」
藤くんの言葉で昔、アルバイトをしていた喫茶店の近くの河川敷を思い出した。高さのある大きな橋を渡って店へと向かう時間はなんでもかんでもがむしゃらに頑張らなければならないと思っていた当時の私にとって、肩の力を抜ける時間だった。
「どうしたの、泣いてるのって声をかけてくれて、俺がぐずぐず泣いたまま黙ってたら志保さんはちょっと待っててってどこかへ走っていったんですよ。そしたら喫茶店の制服かな…それに着替えてからチーズケーキ片手に戻ってきて、」
「……私、思い出した…うそ…待って…あの子、藤くんだったの?え…女の子だったよ…綺麗な顔の…綺麗な瞳の色した女の子、」
「俺ですよ、それ。志保さんはあの時、これを食べたら元気になるよってチーズケーキを食べさせてくれました。ただ、いじめられてるとしか言わなかったけど、俺が泣きながら話すとあなたは俺を抱き締めてくれた。優しくて、あたたかったこと、良く頑張ったね辛かったねって言ってくれた声を俺は今でも覚えてます」
名前も知らない女の子。日々の生活の中でその子のことを思い出すことなどいつの間にかしなくなっていた。河川敷で並んで座って、お店の一押しのチーズケーキを食べたことも忘れてしまっていた。