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サイレントエモーショナルサマー
第25章 viaggio Ⅰ
過去を振り返りながら調子を取り戻した藤くんの手はTシャツの中に忍び込み、素肌を撫でてくる。こら、と制して目尻にキスをすると彼はにこりと笑って続ける。
「俺ね、高2の秋くらいからコンビニでバイト始めて…志保さん時々煙草買いに来てたんですよ。俺の背が伸びたからなのかなんなのか全然気づいてくれませんでしたけど」
俺は覚えてたのに、とごちて私の首筋に鼻先をうずめる。どきりとして逃げようとすれば私を抱く腕は力を増した。
「男と歩いてる姿も時々見かけました。そっか、この人ちゃんと付き合ってる人いるんだって思って…で、大学入って俺も告られて付き合ってとかするようになって…でも、なんか満たされない感じで…」
藤くんが高校2年の頃で、季節が秋だとすると私は成人して両親と死別した後だ。一緒に歩いていたという男は恐らく晶のことだろう。
「そこからね、暫くして恭平と志保さんが身体だけの関係だって知って、恭平は俺にぶっちゃけた後から時々志保さんの話をしてました。あの人多分寂しい人なんだよって、寂しくて冷たい人だって。俺は悲しかった。俺にあたたかい言葉をくれた人がどうして寂しい人になってしまったのかって、悲しかったです」
独り言のように言いながら藤くんは首筋にちゅっと口付けて、いやらしく尻を触ってくる。壮絶な話の衝撃が薄らいでしまう。ああ、でも、ひょっとしたらそれが彼の狙いなのかもしれない。
「ちょっと…あのさ、シリアスな話しながらなんで尻を触ってるのかな」
「あれば触るでしょう」
「人が真面目に聞いてるのに!」
「俺だって真面目に語ってますよ」
「きょ、今日…出来ないんだよ、」
「出来ないと触っちゃダメなんですか?」
「いや…そう言うわけでは…」
「とにかく、俺にとって志保さんは命の恩人で、女神なんです。志保さんに代わる人はこの世に居ません」
以前、藤くんの話を聞いた時も彼は私が想像するよりもずっと私を想ってくれていたのだと感じたが、それでもまだ足りてなどいなかった。
私がすっかり忘れていたというのに、彼の中で私の言葉はずっと生きていたのだ。
彼に言った、力を抜いてごらんという言葉は当時アルバイトをしていた喫茶店のマスターの受け売りだった。白髪の優しいおじいちゃん。濃いめのコーヒーが大好きな人だった。一番にならなきゃ、全部頑張らなきゃと必死だった私を助けてくれた人だ。