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サイレントエモーショナルサマー
第26章 viaggio Ⅱ
藤くんのにやけた顔を見ながら、ふと、このまま夏季休暇が終わらなければいいのに、と思った。それは、逃げだ。私は逃げたくないと思いながらも逃げたがっている。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。逃げたくない、向き合いたい。でも、傷つけたくない。心なしか眼前に広がる水面が酷く濁って見える。
こんなことを考えていたら私の為に旅行を企ててくれた藤くんに失礼だ。彼は私が楽しんで喜ぶ姿を純粋に見たがっていただろう。
― 今は、楽しまなきゃ
さっと浮かんだ思考。違う。そうではないだろう。楽しもうと無理をすることは藤くんの望んでいることじゃない。ふるりとかぶりを振って受け取ったままのビールを乱暴に喉に流し込む。
「あ、全部飲みましたね」
「……勢い余った」
「もう。酔っ払っても知らないですよ」
「このサイズならちゃんぽんしなければあと2杯はいける」
「今度飲み比べします?」
「うん、藤くんには確実に勝てないから辞めとく」
空になったカップの縁を指先でなぞりながら視線をぼんやりと辺りへ彷徨わせた。だめだなぁ。器用になりたい。チカは私が料理以外は器用にこなすと言っていたが、全然そんなことはない。
溜息を吐きそうになってそれを飲み込んだ。不自然な私の挙動に気付いたのか藤くんの手がスカート越しに大腿を撫でる。
「……触るのダメって言った」
「そうでしたっけ?いいから、こっち、座ってください」
さらりと言って、彼は開いた自分の足の間を指さす。そんなところに座ったら藤くんは確実にうなじにキスしたり、甘く噛んだりしてくるのが目に見えている。
私が渋るとあやすように頬にキスをしてからじっと私を見つめてくる。日差しの下で見る藤くんの瞳の色はきらりと輝いて美しい。
「悪戯ナシだよ」
「……状況が変わってますからね」
「状況?」
「こっちの話です。ほら、志保さん。おいで」
藤くんはたまに、おいで、と言う。これは結構ずるい。いや藤くんは色々ずるいところがたくさんあるけれど、この時たま出てくる『おいで』は一際ずるい。