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サイレントエモーショナルサマー
第26章 viaggio Ⅱ
藤くんは浩志を恐れている。何度も、彼はそう言っていた。にこりと笑っているのにその顔が不安に咽び泣いているように見える。
もし、浩志にちゃんと付き合おうと言われたら、私はどんな選択をするのだろう。想像もつかない。私は浩志には自分のことを女性としては見て欲しくなかった。性別などそんなものを超えた友でありたかったのだ。
耳の奥に浩志の震えた声がこだまする。重たい、言葉。ああ、でも彼の言葉は終わりを連れてきた。私が友情だと思っていたそれを、終わらせた。
やっぱり、恋慕は終わりを連れてくる。
終わらないものが欲しい。永遠が欲しい。私を、置いていかないで。私を、ひとりにしないでくれ。
「……真珠はね、苦しみの中で生み出されるって知ってます?困難を美に変える強い宝石。志保さんの誕生石ですね」
「………」
「お守りになにか買って帰りましょうか。あんまり時間ないみたいなんで早く行きましょ」
ゆっくりと立ち上がった藤くんは距離を詰め、押し黙る私の手を取った。強く、指先に力を込めると痛いだろうに優しく微笑む。
少ない乗客は皆、船を降りていた。遅れて加工場内に入ると養殖の過程を細かに記したパネルがかかっているのが見える。その向こうではストラップや高価なネックレスなどが販売されている。
藤くんは細いピンクゴールドのチェーンにみっつのバロックパールが並んだブレスレットを迷わず購入して、私の手首につけた。
「魔除け、虫除け、諸々込々ですから」
「…ありがとう」
「俺は勝手に焦って、策を練ります。だから志保さんは悩んで、苦しんで、答えを出してください。悩み疲れたら1回考えるのやめて、頭空っぽになるまでセックスして、また考えましょ」
「……声がでかい」
「誰も聞いてないですよ」
「……そうかもしれないけど」
「明日はなにも考えさせませんからね」
「今日でもいいのに」
「だから、それはダメ」
はい、戻りますよ、と私の手を引く。浩志のことは恐れているのに藤くんは私にぶつかることに関しては全く臆さない。強さの裏に、脆さを感じた。