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サイレントエモーショナルサマー
第3章 檻のなかの土曜日
藤くんは私が性行為に対してだらしないことを知っていた。今の会社に入ってからは自宅や、特定の人の前以外ではあまり吸わないようにしているというのに喫煙者であることも。
多少なりとも相手を選んでいるとはいえ、世間は自分の思っているよりもうんと狭い。女は性的な欲望に関して慎ましやかでいるべきだという風潮も相まって、その狭いネットワークの中で性に奔放な人間の噂はあっという間に飛び交う。これは経験則。異論は多少認めよう。
「さあ?どうでしょう」
「…あるんだ。ごめん、覚えてない。いつ、どこで?」
「そんなこと今はもうどうでもいいでしょ」
とぼけてみせた藤くんはゆったりと起き上がって煙草の封を開け、そのまま渡してくる。受け取らずに彼の顔を見つめた。物覚えはそう悪くない筈だ。なのに、彼と過去に出会った記憶は欠片も浮かんではこない。
「志保さん?」
「煙草は大丈夫。藤くんの匂い、消えちゃうよ」
「え、なんですかそれ。今の顔、かわいいですよ」
「だって、この部屋凄い爽やかで優しい匂いがするの。それが消えちゃうの勿体ない」
私の言葉に藤くんは煙草を引っ込めて、ベッドサイドの棚の引き出しへと放り込んだ。そのまま再び私の隣に寝転がろうとしたのだが、どちらともなく腹の虫がきゅうと切ない声をあげて、つい、笑う。