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サイレントエモーショナルサマー
第27章 dipendere
同時に、どんなおじいちゃんとおばあちゃんになりたいかと話した晩のことも思い出した。あの時、にこにこと笑った藤くんの顔を見ながら胸の奥底から込みあげてきた願いはまだ彼には言えそうにない。
「もう、本はいいんですか」
私が床に投げ出されたままの本を拾い上げずにいると藤くんは耳元で言う。もういいよ、と答えるかわりに腰に回った腕をそっと撫でる。
「藤くん、なにしたい?」
「普段通り過ごしてる志保さんを見てたいです」
「……つまんなくないの?そろそろ分かったと思うけど私、ちょうインドアだし、予定ない日はテレビか読書の女だよ」
「楽しいですよ。本読んでる志保さんの表情の変化が面白いです」
「そんなに変わる?」
真顔で読んでいるつもりだったのだが、藤くんに言わせると緊迫したシーンでは顔がこわばったり、くすっと笑えるシーンでは目元が優しくなったりと僅かながら変化しているらしい。
― よく見てるなぁ
私はいつからかそんな風に他人の表情の変化に関心を持つことを辞めていた。見れば変わったなと思うこそあれど、そこに込められた思考や感情はどうでもよい。ああ、でも、藤くんにとって私はただの他人ではないのか。思い返してみれば私も彼の些細な表情の変化を面白いと感じることがある。
チカはマシンガントークが得意なポエマーの割に大きく表情を変えるということがあまりない。浩志は黙っているとやや目つきが悪く、威圧的に見えなくもないが、よくよく見てみると結構雄弁な表情を作るやつだ。
私にとって、チカと浩志、それから藤くんはもう『他人』ではないのだろう。
「おでかけする?荒療治する?」
弱気な私を甘やかしてくれた藤くんをほったらかしていたことが急速に申し訳なくなり、たたみかけた。不思議そうな顔になった藤くんは私の頬に口付けて、今日はいいですよ、と言う。
結局、本を読んだり、テレビを見たりをしながら夕刻までを過ごした。なんだか無性に料理が出来るような気持ちになってレシピのアプリをインストールして挑戦してみたが、見事に焦げの塊を作り上げ、夕食は外に食べに出た。
ベッドにもぐり込んでから中々寝付けずにいると、藤くんはゆっくりと私の髪を撫でて、ちょっと音程のずれた子守唄をうたってくれた。へたっぴ、と笑えば、味があっていいでしょ、と返ってくる。やはり彼のポジティブは荒っぽかった。