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サイレントエモーショナルサマー
第28章 malinconia
業務に関することではちゃんと会話が成り立つ。それがなくなると浩志は途端に苦しげな顔になる。見ているのが辛かった。彼にそんな顔をさせているのは私なのに、見ていると泣きそうになる。
昼休憩の時間になれば浩志は財布を手にさっと席を立とうとした。だが、藤くんがこちらへやってくるのに気付くと立ち去ることは辞めて藤くんをじっと見ている。
「志保さん、ランチ行きましょ」
にこっと笑って言った藤くんの言葉尻に鈍い音が被さった。ぎょっと目を見開く。どうやら浩志が拳をデスクに叩きつけた音らしい。
「お前、どういうつもりだ」
「俺、もう余裕ないんで。もたもたしてたらこの人の心も浚っていきますよ」
藤くんが言うと浩志はさっと頬を紅潮させた。あの晩、私が見せてしまったあのみっともない姿が彼の頭に浮かんだのだろうか。浩志は僅かにかぶりを振ると眉間に皺を寄せ、藤くんのシャツの胸倉を掴んだ。
「……お前にはやらねえよ」
「そんなこと言って、逃げるくせに」
休み明けの急展開に私は愚か他の社員たちも凍りついている。部長までもがあんぐりと口を開けているのが見えた。
「ちょっと、か、会社だから…」
「そうですね、すみません。じゃ、ランチ行きましょっか」
「てめえ…おい、都筑、行くぞ」
「痛い…ちょっと、う、腕が千切れる…」
左右からそれぞれに腕を引かれる。痛い!と声を張り上げて腕を振り払うと、浩志は手を引っ込めて、悪い、と呟いた。だが、藤くんはさっと私の手を取り直すとぐいぐいと引いてフロアから出ようとする。
重たい足音が追いかけてくる。浩志の足音だ。振り返る間もなく空いた手を掴まれる。彼らは自分たちが今、会社に居ると言うことを忘れてしまったのだろうか。
「ちょっと、邪魔しないでくださいよ」
「お前はあれだろいつも山田だのなんだのはべらせてただろ。そいつら連れてけよ」
胃がキリリと痛むのを感じる。藤くんに煽られて浩志が今までのような調子を取り戻してくれたのはいいが、これでは胃が持ちそうにない。