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サイレントエモーショナルサマー
第28章 malinconia

他の社員たちの目にはふたりに引きずられ、エレベーターホールに連行される私の姿が捕獲されたエイリアンかなにかに見えるようだ。皆、面白いものを見ていると言わんばかりの顔で私たちを見送っている。普段は昼時になると混み合うエレベーターも介入が恐ろしいのか他の社員たちは乗ってこなかった。
「…お前なんで今になってこいつなんだよ。よりによって藤って。ほんとないわ。顔か?顔がいいのか?」
「いや…まあ綺麗だなって思うけど顔はそんなに重要じゃ…」
「でも、志保さん俺のキス好きですよね?顔のパーツは好きでしょ」
「キス!?はあ?くっそ…藤…お前覚えとけよ」
「忘れます」
1階へと降りていくエレベーター内でげんなりと浩志が言う。彼もやけくそなのだろう。ばっちり一線を越えてしまっていることは知られているが、会社に居るのに顔よりセックスが良いんだよと言う訳にもいかず、ふわっとさせれば藤くんはすかさず爆弾を放り込んでくる。
たかだか数分のエレベーター内が息苦しい。藤くんは浩志を挑発する気満々で私の腰を抱こうとしてくるし、浩志は下手したら藤くんを殴りそうな勢いである。辞めなさい、と制すればふたりとも誰の所為だと口を尖らせる。
私の恋愛思考回路がぶっ壊れた挙句、性欲に弾けてしまった所為だ。そんなことは分かっている。とは言え、当事者を放って白熱するふたりを見ていると妙に冷静になってしまう。
静かながらに言い争うふたりを見ながら私は今日のランチは炭火焼の定食屋がいいな、なんて呑気なことを考え始め、店のメニューを頭の中に浮かべることにした。
軽快な音と共にエレベーターが1階に到着すると藤くんは私の手を取ろうとする。だが、浩志がそれをばしりと叩き落とし、藤くんはじろりと浩志を睨んだ。君は浩志を恐れているんじゃなかったか。
「どこ行きます?フェリシテ?パン好きですもんね」
「こいつはパンが好きなんじゃなくてコーヒーに合うもんが好きなんだよ。お前今日炭火だろ」
「……私は君たちがエスパー過ぎて恐いです」
彼らは当たり前のように言うが、よくそこまで覚えているなと感心してしまう。ああ、違った。普通はここで、覚えててくれたんだ、嬉しいっ、なんてきゅんとくるとこだ。残念な女でごめんよ、ふたりとも。

