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サイレントエモーショナルサマー
第28章 malinconia

私は人の食べ物の好みなど、チカと浩志のそれ以外は全くもって覚えていない。最近になってようやく藤くんがチーズケーキを好きなこととトマトを嫌がっていることを覚えたレベルである。
大通りを越えたところにある炭火焼の定食屋はどの時間帯に来ても混雑している。運よく店内に入ることが出来たがカウンター席に通されることになった。
ここでまた、モメる。藤くんも浩志も私を端に座らせて、自分、敵の順にしたいらしい。混み合う店内でそんなことをしていたら迷惑だろうといなし、結局私が真ん中に座った。どちらも座る位置が妙に近いので暑い上に圧迫感がある。彼らはもう一度己の体格を顧みるべきだ。
「…近いって。肘あたるよ」
現に両サイドの彼らにお茶を淹れてやるだけでも私の右肘は藤くんに当たった。
「……こいつはこの距離で座っててもドキドキするどころか文句言う女だぞ。料理も出来ねえし、出不精だし、可愛げもなにもない」
「志保さんはかわいいですよ。泣いても怒ってもかわいいです」
「言ってろ。かわいかろうがかわいくなかろうが、俺は、」
「俺は、なんです?言えないんでしょ。俺は言えますよ。志保さんが好きです。もう全部食べたいくらい好きです」
「……あ、定食きたよ。今日も鮭ハラス美味しそう」
「お前な…」
藤くんは日本人男性らしからぬフルオープンっぷりを発揮するが、浩志は流石にそこまで出来ないらしい。まあ、そうだろう。ここで急に浩志が藤くんのように、都筑のここがかわいいだの、好きだのと言われたら私は気持ち悪がるに違いない。
私は浩志の容赦ない物言いが好きだ。そこにはいつも嘘がない。
呆れ顔の浩志の前にもマトウ鯛の塩焼き定食が運ばれてくる。藤くんは牛ハラミの炙り焼き定食だ。浩志は大根おろしにこの店の薄口しょうゆをかけるのが好きなので例によってさっと取って渡すと、右隣の藤くんはつまらなそうな声をあげる。
「どうしたの?」
「そういうのまじで妬きます」
「あ、いや…これはね、癖というか、習慣というか…ちょ、」
浩志が割りばし立てに手を伸ばした隙をついて藤くんは私の腰を抱くと、ちゅっと頬にキスをした。こんなところで!と声をあげる間もなく左隣から、ばきっと嫌な音がする。恐る恐る振り返れば浩志の右手で割りばしがひしゃげている。

