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サイレントエモーショナルサマー
第29章 accelerazione
「おはよう」
「…おう。今日昼食ってそのまま外出ることになると思うから」
「うん、分かった」
「昼飯、考えとけ」
昼食も一緒に行ってくれるのか。友達でありたかったと目を背け続け、未だによく分からないと甘えたことを言っている私を浩志も見捨てずに居てくれる。
じっと浩志の横顔を見ているとなんだか胸の奥があったかくなったような感じがする。胸やけ?コーヒーが酸化していたのか。ごしごしと胸元を擦ると浩志はこちらを振り向いて、なにやってんだよ、と呆れ顔になる。
良かった。多少の無理はあれど、浩志は今まで通りだ。ほっと息を吐きながらもここで甘えたらいかんぞ、と自分に喝を入れる。私は浩志とも藤くんともこの先どうしたいのかをきちんと考えたいのだ。
数分経ってフロアに現れた藤くんは誰の目から見ても暗く、沈んでいる様子だった。おはようございます、の声も誰かの足音で掻き消されないほどに弱々しい。その暗い藤くんを見て、浩志は私がチカの家に行ったことを察した様子で、にやりと笑った。
私の所属する部署は比較的賑やかな部署だと思っていたのだが、その賑やかさの根幹には藤くんの存在があったらしい。彼が大人しいと彼のデスク周りの人たちもつられて沈んでいる。その様を見ていれば村澤さんが私に視線を寄越した。お前がどうにかしろ、と言っている目つきだ。
藤くんにとってはまさに天国から地獄といったところだろう。家でも会社でも私が居るとご満悦だったのに、その自宅から私が居なくなり、社内でじゃれ合っていた倉庫番の時間もなくなった。おまけに私は日中、彼にとっての恋敵である浩志と社外の業務に出るのだ。
「……一言、なんか言ってやれば」
「いいの?」
「俺をあいつと一緒にするな。あいつはあれでまだ幼いところがある」
「でも、その幼いとこ可愛いなって思うよ」
「…俺の気が変わらない内に行ってこい」
年上の余裕と言うやつか。歳なんか私とひとつしか変わらないのに。ぽん、と浩志の肩を叩いてから鞄の中を探った。