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サイレントエモーショナルサマー
第29章 accelerazione
◇◆
赤ワインを飲まないでおいて正解だった。頭が痛いとぼやきながら朝食を用意してくれるチカを尻目に、私は散らかった大量の空き缶と空き瓶を片付けた。支度を終えて、家を出る時にチカはやっぱり、ちゃんと真っ直ぐ帰ってきなさいよ、と私に釘を刺した。
会社に着いて、フロアに顔を出す。浩志は自分のデスクでごそごそ作業をしていたが、藤くんの姿はなかった。まだ、来てないのか。そう思って自分のデスクに一度荷物を置きに行こうとするとがばりと後ろから抱き着かれる。
「……俺、もう砂になりそうです」
「こら、辞めなさい」
藤くんの声が耳元で響く。ぎゅうと私に抱き着いて彼は腕を離そうとはしない。物凄く痛い視線を感じた気がして顔を上げれば浩志が鬼の形相でこちらを睨んでいる。ひ、と短い悲鳴が漏れる。浩志は重たい足音と共にこちらへとやってきて、瞬く間に藤くんの首根っこを掴んだ。
「……お前は相当俺に殴られたいらしいな」
「羨ましいんですか?」
「…はい、ちょっと、朝から辞めてください。朝会始まっちゃうよ、会議室行きましょう」
「お前はなんでそんな平然としていられるんだよ。もっとさ、顔赤くしたりとかあるだろ」
「いや…なんか慣れちゃって…ほら、藤くん、行くよ」
浩志は私が藤くんに抱き締められて平然としているのがお気に召さないらしい。そんなこと言われたって、抱き締められる以上のことを散々している訳で今更照れたりなんかしない。
藤くんもやや不満げな顔だ。はいはい、と背中を押すと、今日は俺の隣座ってくれますか、と呟く。
会議室についてみると藤くんの願望虚しく、私の隣には何故か村澤さんが陣取った。後ろには浩志と藤くんが並んで座っている。
滞りなく朝会を終えてフロアへ戻る僅かな距離でも藤くんと浩志は静かなる論争を繰り広げている。お前はほいほい触るな、と浩志が言えば、藤くんは、自分が出来ないからって俺に当たらないでくださいよ、と噛みつく。