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サイレントエモーショナルサマー
第5章 カウント・ゼロ
「いや、これは、その、志保さんかわいかったんで、つい」
「盗撮だ!」
職場の何名かで業務後に花見をした時のものだ。写真の右端にどこかを見て笑っている私が映り、その背後にはライトアップされた桜が広がっている。さっと私からスマホを奪い返すとそのままジャケットの胸ポケットへ滑り込ませる。
「見逃してください」
「…消してください」
「そうだ、今日、昼ご馳走しますよ。角の洋食屋のオムライス好きですよね?」
「………」
「フルーツヨーグルトも付けましょ、ほら、みかん入ってるやつ」
あと、それから、と言ったかと思うと二の腕を掴まれた。なにと問う間もなく唇を塞がれる。目を瞠る私とは逆に瞼を閉じた藤くんの睫毛の長さがよく分かった。ずるい。頑張ってマスカラを塗った私のものよりも綺麗に伸びているなんて本当にずるい。
やっぱり藤くんのキスはなんだか気持ちが良いから、きちんと服を着ている写真の一枚くらいは誤魔化されて見逃してやろう。とは言え一応、釘は刺しておかなければいけない。
「……会社なんだけど」
「すみません。調子乗りました」
「会社では今まで通りにして。藤くんはまだ若手でこれからのこともあるし、あなたの立場悪くなるようなことしたくない」
「俺が勝手に志保さんのこと好きなだけなのにそこまで考えます?」
「誰がどんな噂するか分かんないよ。それに、こんなスリリングなキスしてたらすぐ興奮しちゃうもん」
藤くんの手から逃げ、背中を向けた。ほんの一瞬のキスなのに、いつ誰が通るか分からない状況は魅惑的なスパイスになる。手持無沙汰になって耳に髪をかけたりして視線を彷徨わせた。