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第33章 市八
しばらく男泣きに泣いた二人だったが、あまりに長いとサチに心配されると気付き、二人で顔を洗って上がる。

「父ちゃん目ェ真っ赤だぜ?」

「お前だって泣きっつらじゃないか」

単衣を引っ掛け、裏手の井戸で冷たい水を汲み、顔を洗った。

「なにしてるの?二人とも。夕飯出来てるわよ。」

ひょいと覗いたサチに、

「いやぁ、風呂で喋ってたら逆上せっちまってねぇ。参った。」

と笑って誤魔化す。

「なぁにそれ。どうせ市八のことだから我慢比べでもしてたんでしょう?」

「あはは」

と笑いながら、母ちゃん、俺のこといつまでそんなガキだと思ってんだよ、と思ったが、敢えて否定はせずにおいた。

冷たい水で顔を引き締め、家に戻ると懐かしい炒り豆腐の匂いがする。

久しぶりに食べたサチの炒り豆腐は、甘くて懐かしい味がした。

いつもは狭い長屋で家族四人、縮こまるように身を寄せて寝ているが、実家はそれよりは広いから、のびのびと眠る事ができた。

寝転んだままサチと八尋の布団を見る。あかりを落とした後は暗く、何も見えない。
年老いて小さく感じる両親が、過酷な半生を生き抜いてきたなど露知らず、俺はぬくぬくと育ったのだな、と改めて考え、いや、それも全て過ぎた話だ。きっと二人は、その辛い過去の上に立って、俺だけは普通の生活を送れるようにと、努力してくれたのだろう、ならば、それを無にしてはいけない。普通に働いて、給金を貰って生きること。家族を持つこと。きっとそれこそが、二人が求めた幸せの形なのだ。

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