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第38章 桜
意地が悪いようでいて優しい。
本当に、自分だけを見てくれているようで、市九郎の言葉はスゥッと胸に入ってくる。それは、掛け値無しの思いやり。
桜が他の客と市九郎を分けて考えるのも道理だった。
大抵の客は、金を払って来てやっているのだから、尽くせ、という。
態々貢物を持ってきてやったのだからありがたがれ、と。

市九郎は違った。
俺がお前に逢いたいから来ただけだ。金払わなきゃ逢えねぇから払ってる。ねだられたモン持って来てるわけじゃねぇ、要らねぇなら他にやれ、という姿勢は、一貫して変わらなかった。

親を亡くし、なし崩し的に売られてたどり着いた見世。
嘘の飛び交うこの吉原で、市九郎の言葉だけは本物だと思えた。
堅気の世で、町娘として生きていたなら、市九郎のような男の女房として、一生を過ごせたのだろうか…などと莫迦な夢を見てしまう程に、桜の心の中に市九郎は居着いていた。
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