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第38章 桜
市九郎の敵娼となって数年…市九郎の登楼がピタと止んだ。
夏の終わりにいつものように笑って送り出したのに、十日経っても、ひと月経っても。寒くなっても、遂には年が明けても、市九郎は姿を見せない。

想い合っていたと思ったのは己だけか…

所詮女郎は仮初めの妻。 
廓の中で操を求めても、そのしきたりは大門を超えられぬ。

外にいいひとが出来れば足も遠のく。
そうではない男も多かったが、市九郎は、もしそんな相手ができたならもう見世には来ぬのだろうと思えた。

だから。

どうかそうではなきように…

怪我や病も案じられたが、様子を探る文とて書けない。

これが商家なり武家なり、しかと身元の割れた男なら。

主様恋しやひと目なりと逢いに来て下さんし、と便りを届けたものを。市九郎はどこに住んでいるのやら、何を生業としているのかすらもよく判らない。

待つしかない。

もう来ないかも知れぬ男の登楼を、信じて待つことしか出来ない。

桜は初めて、女郎と客として出逢った宿命を恨んだ。

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