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Quattro stagioni
第10章 スタンダールの幸福 Ⅴ
するりと言葉が出ていった。過去になど出来そうにないと思っていたのに、俺はいま、都筑にお前のことが好きだった、と言った。
なんとなく、都筑が知っていると答えたのは俺の中でこいつに対する感情がやっと過去になったことを既に察しているという意味なんじゃないかと思う。
「これ、あげる」
「…は?」
数分だったか、数十分だったかは分からない。しばしの沈黙の後、立ち上がったと思うと飲みかけの缶ビールを押し付けてくる。渋々受け取ったそれはまだ重く、半分以上は中身が残っているようだった。
「藤くんに怒られちゃうから」
「……そうか」
そう言えば、都筑が酒を飲んでいる姿というのは久しぶりだった。この女の酒癖にはムラがあって、酷い時は俺でも引くような口汚い愚痴を吐く。酔っ払ってピアスだのなんだのを外した挙句、失くすなんてのも常習犯だった。恐らく、藤が酒を禁じているのだろう。殊勝にもそれを受け入れているのは都筑なりの藤への愛情があるからだろうと思った。
「なぁ、都筑、」
「…ん?」
ホテルへと戻ろうとした都筑を呼び止める。俺は海の方を向いたままで、都筑がこちらを振り向いたかどうかは分からない。
「俺ら、今度こそ、」
それを言うことになんの意味があるのかと思いながらも無性に確かめたくなった。きっと村澤さんが知れば、俺をダセェと笑うに違いない。今度こそ、本当の意味で良い友人になれるかだなんて都筑に訊くべきことではないだろう。
「…なれるよ。きっと、なれる」
静かな声だった。打ち寄せる波の音がさらって、消していく。そうか、と返した俺の声は砂をさらう風の音が掻き消した。
ゆっくりと、ゆっくりと、足音が遠ざかっていく。去り際に都筑が小さく、ありがとう、と言ったような気がした。それを言うのは俺の方だ。お前が近くに居たこの4年、しんどいことも確かにあったけど、楽しかったよ。口には出さず、言葉を押し込むようにぬるいビールを飲んだ。