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Quattro stagioni
第11章 スタンダールの幸福 Ⅵ
予想以上の朝食を堪能し、一度部屋に戻った。エレベーターの中でミヤコさんが都筑さんになにか耳打ちをして、都筑さんは少し渋い顔をしていた。なんの話をしているのだろうと思って訊いても、ミヤコさんは教えてくれなかった。
その理由は、すぐに分かる。これか、とがっくり肩を落とす。食休みののち、じゃあ出発しようかと揃って部屋を出た筈が、わたしがエントランスのお手洗いを利用してみんなが居るであろうところに戻ると、そこに残されていたのは中原さんだけだったのだ。
やられた。そんな思いだ。呆然と立ち尽くすわたしに気付いた中原さんは右手で操作していたスマホをポケットに押し込んで深く座っていた1人がけのソファーから立ち上がる。
旅行用のボストンバックを持っているわたしとは違って、中原さんの荷物は大きめのトートバックだけだ。男性はやっぱり荷物が少ないのだろうか。
「なにしてんだ。行くぞ」
「は、はい…」
ふいと背を向けて歩き出す。慌てて後を追った。コンパスの違いか中原さんは歩幅が大きくて、どんどん先を進んでいく。わたしの履いたサンダルのヒールがかつかつと忙しない音を立てる。必死についていくと、ふと彼は立ち止まった。あまりに急だったので広い背中にわたしの鼻がぶつかった。
「荷物、貸せよ。重いだろ」
「だ、大丈夫です…」
「いいから」
両手で持ってはいたけれど、さして重くはなかった。けれど、中原さんはわたしの手から荷物をひょいと取り上げて再び歩き出す。
昨日、周辺の観光スポットらしき場所はざっと回っていた。あの時間のなんとも言えない重たい空気を思い出した。いまは、緊張があれど、あの時ほど空気は重くない。中原さんはいつも通りのようで、でも、ほんのちょっとだけ穏やかな顔をしている。
やっぱり、わたしの気持ちはちゃんと伝わらなかったのだろうか。勢いに任せて言ったとはいえ、気持ちに嘘はない。もし、彼が一晩経ったいま、わたしの告白を冗談だと捉えているのだとしたら、それはとても悲しい。