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Quattro stagioni
第11章 スタンダールの幸福 Ⅵ
『………清水では、ねえけど』
「な、中原さん…!すみません…」
目を見開いて起き上がる。嘘、まさか。さっと画面を確認すると中原浩志と表示されている。
『お前、今日さ、』
落ち着いた、低い声。耳に心地良い。多分、わたしの顔は笑みでいっぱいだ。はい、と答えた声も弾んでいるような気がした。
『もし、夜、時間空いてたら…その、』
「あ、空いてます!全力で…!」
『お、おう…全力か、』
「……中原さんが誘ってくれるの、待ってました」
『…そうか』
小さな咳払いが聞こえた。どんな顔、しているのかな。わたしはなんて欲張りなのだろう。一瞬でも声が聞けたらそれで良かった筈なのに、こうして声を聞くと今度はすぐにでも会いたくなる。
花火大会の会場の最寄駅で18時に待ち合わせになった。通話を終えて、時計を見上げる。今は、13時20分。自宅アパートからは30分もあれば到着するだろう。でも、電車が混雑で遅れたりするかもしれない。早めに家を出ることにしよう。そう、頭の中で時間を計算しながらベッドから飛び降りる。
服はどうしよう。それから、メイクも普段とは変えた方が良いだろうか。ああ、あとは髪型も少しは可愛くしていきたい。こんな気持ち、久しぶりだった。うきうきとクローゼットの戸を開く。
もう少し、早く連絡をして約束を取り付けることが出来れば浴衣だって準備できたのに、とふと思う。いや、今はもうそんなことどうだっていい。耳の奥に、中原さんの声の余韻が残っていて、ついついにやけてしまう。
クローゼットの中からあれこれ服を引っ張りだして、姿見の前でああでもない、こうでもない、を繰り返す。途中で有希に中原さんから花火に誘われた、とハートマークをたくさんつけたメッセージを送った。
人でごった返すだろうし、キメすぎていても引かれるかもしれないと、無難だけれどお気に入りのワンピースにすることにして、次はメイクだ、とコスメボックスを物色し始めたときに有希から返信があった。泊まりの用意していきな、とこれまたハートマークがたくさんついている。
「……はやいよ」