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Quattro stagioni
第11章 スタンダールの幸福 Ⅵ
会いたい、と思っていたくせに、いざ会ってしまうとなにを話したら良いのか分からなかった。休暇中はなにをして過ごしていたのか、とか、どうして今日はわたしを誘ってくれたのか、とか、聞きたいことは次々と浮かんでくるのに、上手く自分の言葉に出来そうもない。
右隣を歩く中原さんは濃いめの色のデニムとシンプルなTシャツ姿で右手には流行の型のクラッチバックを持っている。わたしがちょっとでも手を伸ばせば、彼の空いた左手に触れられる。
「随分、大人しいな。全力はどうした?」
「き、緊張してるんですよ」
恐る恐る伸ばした手は中原さんの声を合図に引っ込めた。なんだそれ、とくしゃりと笑う。ああ、この顔。どきどきせずにはいられない。わたしが見たかったのはたぶん、花火よりもいまの彼の顔だろう。
まだ学生気分の残る社会人としてはひよこ同然のわたしと、入社して8年目の中原さん。歳の差は7つ。年齢なんて恋をするのに重要だと思ったことは一度もなかった。そうとはいえ、こうしてみると当たり前のことだけれど、彼からはわたしや清水くんにはない余裕や貫禄を感じる。
やっぱり、わたしなんて相手にして貰えないのかもしれない。都筑さんのような人でなければ、彼がひとりの異性として見ることはないのかもしれない。どきどきと煩い胸が、微かにつきりと痛む。やや、俯きがちに歩いていく。
また、自分と都筑さんを比べてしまった。己の醜さに泣き出しそうになる。せっかく、中原さんが誘ってくれたのに、どうして素直に楽しめないのだろう。
小さく落胆の息をつくと、そっと中原さんの手がわたしの手を取った。目を瞠り、顔を上げる。彼は前の方を向いていて、わたしに見えたのは後頭部だけだ。けれど、耳元がほんのりと赤くなっているような気がする。
数々の出店をふらふらと見て回っている内に気付けば打ち上げの時間になっていた。会場にアナウンスが流れるとざわざわを騒がしかった人々の声が一瞬、静まった。
甲高い口笛のような音。辺りの皆が、そっと息を呑む気配。耳を劈く破裂音、赤や緑の美しい火花が夜空を染め上げると、歓声が響き渡る。
思わず、口をぽかんと開いてしまう。立て続けに上がる、花火。散って、光って、消えていく。その火花の美しさが夜空の深さを増していくようだった。
「なぁ、森」