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Quattro stagioni
第11章 スタンダールの幸福 Ⅵ

「じゃあな、おやすみ」
「え!」
タクシーを停めて、わたしを先に乗せた。彼もすぐ乗り込むだろうと思ったのに、まさかの別れの挨拶だなんて。閉じかけたドアを制して、中原さんの腕を掴んだ。
「……なんだよ」
「ここで、お別れですか」
「………」
「まだ、一緒に居たいです」
「今日、これ以上一緒に居たらお前になにするかわからない」
そう言って、わたしの手を引き剥がそうとする。なにをされたって構わないのに。数分続いた手を離せ、と、離しません、の押し問答に焦れた運転手さんの厳しい視線を感じる。手を離そうとしないわたしに中原さんも困り果てているような様子だった。
「運転手さん、困ってます。わたし、中原さんが乗るまで絶対、手、離しません」
「…あのなぁ、」
中原さんががくりと肩を落とした隙に強引に腕を引いた。車体にぶつかりそうになった頭を庇いながら、不格好に乗り込む状態になった。
ちらりとルームミラーに視線をやる。呆れ顔だった運転手さんがどこかにやにやしているように見えたかと思うと、閉めますよー、と声がする。中原さんが咄嗟に足を引っ込めるとタクシーはゆっくりと動き出した。行き先は、このやり取りの前に告げてあったわたしのアパートだ。
「…あんま大人舐めんなよ」
「わたしだって大人です」
「俺からしたらなぁ、」
「ふんだ。いつもそうやって子ども扱いして」
ぷいと顔を背ける。胸の音は今日一番でどきどきと煩かった。数十分、タクシーに揺られる間、なにを喋るでもなかったけれど、中原さんの息遣いが聞こえるだけでなんとなくぽかぽかとした誇らしいような気持ちになる。
アパートの前でタクシーから降りる。彼はすぐさま乗り直そうとしたけれど、運転手さんとわたしのアイコンタクトの甲斐あって、タクシーは無情にも静まり返った住宅街を抜けていった。
「…お茶でも、飲んでいきますか」
「だから、」
「……わたし、中原さんにならなにされても良いです」
「お前が良くても、俺は…」

