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Quattro stagioni
第12章 スタンダールの幸福 Ⅶ♡
「えーっと…そんなの忘れよう。まずいよ、藤くんが知ったらどうなるか…」
「俺だって忘れてたっつの。でもな、お前が勝手に出てきたんだ」
「よし、今日、いま、ここでその記憶は葬り去ろう。あれはなんか…なんだろ…その、」
言葉尻が濁っていく。俺だってあんな記憶、葬り去りたい。どうやら都筑は俺に悲惨な姿を見せたことは藤に伏せているらしい。ふと、フロアの入り口の人影に気付く。俺の叫び声はきっと聞こえた事だろう。一矢報いてやろうとかそんな気持ちが込みあげる。
「…おい、くそ女。ついでに、ひとつ謝っとくことがある」
「なに。まだなんかあんの?」
「お前が泊まりにきたとき、1回だけ寝てるお前にキスした。わりー」
「……あの姿見られたことに比べたら寝込みのキスなんかかわいいもんだわ。まずい、ほんとちょっと藤くんに知られないようにしないと」
あわあわと落ち着きを失くすが、最早手遅れだろう。いい気味だ。ふん、と鼻で笑うと険しい顔をした嫉妬の化身がそっと都筑の肩に手を置いた。
「……随分、面白そうな話してますね」
「げっ!藤くん…!か、帰ったんじゃ……」
「忘れ物、代わりに持って帰ってきてもらおうと何度も電話したのに誰かさんが出ないんで」
「…あ、はは…もしかして…聞いて……」
「とりあえず、速やかにパソコンの電源を落としてください。はい、帰りますよ。帰ったら、分かってますね?」
俺は都筑と藤の力関係は、都筑の方が上なのだと思っていたが、なんだかんだ藤の方が強いのかもしれないと感じた瞬間だった。この女の手綱は藤がしっかり握っているのだろう。見ているのが嫌で嫌で仕方なかったふたりの姿が目の前にあるのに、精々仲良くやれよ、とそんな気持ちが胸を占める。
「待って、ほんと…その笑顔ちょー恐いんだけど…」
「……ここで押し倒されたくなかったら早く帰る支度してください」
「は、はい…」
都筑が小さく見える。俺にちらりと向けた視線。助けてくれ、と言っているように見えた。助けてなんかやるものか。ふい、と視線を逸らすと、ひどい!と声を荒げたが、藤に引きずられながら帰っていった。