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Quattro stagioni
第12章 スタンダールの幸福 Ⅶ♡
◇◆
もう変に気を遣ったりしなくていいぞ、という俺の気持ちは一応は都筑と藤に伝わったらしかった。翌日から藤は以前のように会社でも都筑を、志保さん、と呼ぶようになり、奴が俺にちらほらと向けていた警戒や敵意の眼は清水に向くようになった。
いや、最早、都筑も藤もどうだって良い。俺の頭を悩ませているのは森美月の存在である。仕事中はなんとか業務に勤しんでいるものの、彼女は昼休憩の時間になると幼く頬を膨らませ、俺になにか言いたげな視線を向けながら森アカネや津田と連れ立ってフロアを出ていくようになった。
女の団結というやつはよく分からない。男のくせにうんたらかんたら、と扱き下ろされているのかと思うと鳩尾のあたりがつきつきと痛む。
未だ嘗て、こんなに長い5日間があったか。やっと迎えた金曜。味気ない蕎麦を啜った昼食を終えて、会社から少し離れた場所にある喫煙所に向かう。取り出した1本の煙草。周囲の会社員たちに溶け込むように咥え、火を点ける。
これからどうするべきか。森ときちんと話をしたかった。いや、話をするよりも前に抱き締めてやりたかった。お前が悪いんじゃないのだと伝えるにはそれが一番良いような気がする。
どうすれば、とそればかりが頭を占める。どうしたら森は屈託なく笑ってくれるだろうか。そんなことを思いながら、ふと、ああ、そうか、と思った。あの晩、俺は「ほぼ」と言って誤魔化したが、そんな必要はなかったのだ。
頭の中の靄が晴れていくような感覚だった。無性に、あの細い腕に、頬に、触れたいと思った。
ゆったりと時間をかけて煙を吐き出す。とりあえず、会社に戻ったら今晩の予定を聞いてみよう。よし、と独り気合を入れて灰皿に吸殻を放り込んだ。