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Quattro stagioni
第12章 スタンダールの幸福 Ⅶ♡
「話がある。明日、もし予定がなければ…その、」
「…!あ、空いてます。えっと…む、むしろ今日でも、」
「今日は友達と約束があるんだろ」
友達とはいつでも会えるから良い、と言う森に、そこまでしなくて良い、と言って明日の待ち合わせ時間と場所を決めた。月曜からちょこちょこと見せていた不満顔も、じゃあまた明日、とそう言った時は満面の笑みに変わっていた。そうだ、この顔が見たかった。
飲み過ぎんなよ、と言いながら次やってきたエレベーターに乗せた。乗るのは森一人だった。にこにこと笑って中々扉を閉めようとしない。休日の明日、俺と会うことになっただけでこんなにも喜んでくれるのかと思うと、つい俺の頬も笑う。
「早く行けよ」
「だって、」
「明日、会うだろ」
「朝になってやっぱりナシとか辞めてくださいね」
「分かってる。じゃあな、美月」
「…!」
ようやく閉じかけた扉が再び開く。閉めろよ、早く行けよ。こっちだって妙に恥ずかしいんだ。そんな思いで顔を逸らすと、小さな声がもう1回とねだる。
美月。口の中で転がす。美しい、月。本当に彼女は暗い闇の中に浮かぶ、月のようだと思った。
「また、明日な。寝坊すんなよ」
「……いじわる」
膨れた頬も愛らしい。7つも年下で、あどけなさが残っていて。そうかと思えば急速に大人びた表情になる。それでも、俺の言葉一つでころころと表情を変える様はやはり、どこか幼い。
「呼んでくれなきゃいつまでも帰りませんよ」
「分かった分かった。ほら、美月、早く帰れ」
「そんな雑なの嫌です」
「……注文の多い奴だな」
呆れた息交じりに手を伸ばして髪に触れた。わしゃわしゃと掻き撫でる。こそばゆそうに顔を歪め、俺を見つめる瞳。出会った頃に感じた緊張や不安の色はもうどこにもない。
「じゃあな、美月。気を付けて帰れよ」
「はい」
にこりと笑った顔。そっと手を離すとエレベーターの扉が閉じていく。腕がちぎれんばかりに手を振る美月の姿がその扉によって遮られ見えなくなってからほっと息を吐いた。今日は買い物をして帰らなければ。早く残りの仕事を片付けよう。フロアに戻るとにやにや笑った都筑と目が合った。