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Quattro stagioni
第6章 スタンダールの幸福 Ⅰ
昼食を取る間、清水はとにかくよく喋った。都筑は早々に興味を失くしたのか目の前のクロワッサンのサンドイッチに夢中だった。時折、森美月になにやら話しかけていたが、森はなにに戸惑っているのか引きつった笑顔で歯切れの悪い返事を繰り返すばかりだ。
彼らを数歩下がった目線で見てみると、やはり脳裏には都筑が入社してきたばかりの頃の光景が浮かぶ。コミュニケーションを取ろうとあれこれ話しかける村澤さんに、苦笑いの都筑。今となってはくだらない冗談を言い合っているが、あの頃、村澤さんは都筑のことをロボットみたいだと言っていた。
いつか、都筑と森もくだらない冗談を言い合うようになるのだろうか。緊張が消え、笑った時、森はどんな顔をするのだろう。そんなことを考えながら飲んだコーヒーはどこか甘ったるい味がしたような気がした。
会社に戻るとふたりのデスクにはPCが設置されていた。ログインの設定を済ませ、簡単に一日の業務の流れを教えていく。合間に自分の仕事を進めながらこなせそうなものを早速任せる都筑を真似る。
定時になり、日報を書き終えた新人二人が帰っていくのを見送ると、つい、深い溜息が漏れた。思うに、俺は人にものを教えることが不向きなのだろう。向かいのデスクで時々談笑しながら業務を進めていた都筑と清水とは違い、俺と森の間には殆ど会話などなかった。
「溜息、深すぎ」
「……うるせーな」
「そんな眉間に皺寄せてあれこれ言われたら美月ちゃんも身構えるよ。もっと笑ってごらんって」
いつの間に、そんなことが言えるようになったのだろう。藤の影響なのだろうか。舌を打って、声をかけてきた都筑を視界から追い出す。新人に書かせる日報はその日、1日でなにを教わったか、どんな疑問があるかなどを書いて教育担当、部長が確認する、いわば交換日記のようなものだ。
森が書いた日報の文字は小さくまとまってはいるが、読みやすい綺麗な字だった。右肩上がりで豪快な都筑の文字とは印象が違う。おい、比べてどうする、自分。森は森で、都筑は都筑だ。目つきが似ていただけで、何故、こうも被さろうとしてくるのだ。都筑志保は目の前に居るじゃないか。