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Quattro stagioni
第7章 スタンダールの幸福 Ⅱ
◇◆
「なあ、ずっと思ってたんだけどなんでいつも朝からそんな暗い顔してんの?」
こっちまでテンション下がる、とおはようの挨拶の前に清水くんが言う。始業の30分前。彼がこんな時間から会社に来るなんて珍しい。都筑さんに、せめて私よりは早く来ようかなんて言われているのに彼はいつも始業ギリギリに駆け込んでくる。
「そんなに暗い顔してるかな?」
「してるって。なに、中原さんにいじめられてんの?」
「えっ、なんでそう思うの?」
「だってお前、中原さんに話しかけられると顔引きつってんもん」
そんな顔していたかな。両手を頬にやってむにむにと揉んでみる。有希たちと食事をしてから更に時は流れ、今夜はわたしと清水くんの歓迎会がある。しつこい清水くんに根負けしたのか都筑さんが彼をめんどくさそうにケンシローくんと呼ぶようになった以外はこれといって変化はなかった。
中原さんに対して抱く感情はどちらかというと『苦手』に近づいていた。ひょっとすると知らず知らずの内にそれが顔に出てしまっていたのかもしれない。
「ねえねえ、中原さんってちょっと恐くない?」
「いや?別に?バイクの話とかするけど、東さんとかに比べたら話し易いし…あの人、男の俺から見てもなんかかっこいいし」
聞いた相手が悪かったようだ。でも、確かに中原さんは東さんよりは話し易いかもしれない。いや、私がいま一番話しづらいのはミヤコさん曰く観賞用の藤さんだ。挨拶以外にちょこちょこと言葉を交わすようになったけれど、近くに立たれると妙に緊張する。
「かっこいい、か」
「かっこいいじゃん。男!って感じ。俺も何年かしたらああなるかな」
「…多分、清水くんには難しいんじゃないかな」
溜息交じりに言ってから壁の時計に視線をやった。始業まであと15分。そろそろコーヒーのセットをしておこう。フロアには立派なコーヒーサーバーが設置されている。以前はグラスポットの部分が割れてしまってオブジェと化していたみたいだけれど、都筑さんがそれを買って来てくれてからみんなありがたがって使っていると聞いた。
些細なことかもしれないけれど、私はまだ新人で仕事が出来ない分、少し早めに出社してコーヒーの用意をしたり、備品の棚の軽い掃除をしたりするようにしている。ごそごそと動き始めた私を見て、清水くんはいつもそんなことやってたんだ、と感心したような息を吐く。